19話 撫子のおうちでごはん

「「((何にもない休日だと思ってたけど、こんなこともあるもんなんだなぁ))」」


 何もない休日を彩らせようと、食材を調達するためだけなのに近所のスーパーではなく、態々街で一つのショッピングモールにまで赴いた鏡也と撫子は、偶然食品コーナーでバッタリ出会した。


 それも何かの縁だと言うことで――本当はメールで遊びか何かに誘おうかと迷いつつも踏ん切りが付かず無為に休日を過ごそうとしていたが――撫子の自宅で一緒に晩ご飯を食べようということになった。


 鏡也と撫子は姉弟のように仲が良い。

 だが、鏡也側が撫子の自宅へ訪れるのはなにげにこれが初めてである。


 夕食分の食材を買いそろえた撫子と鏡也は、来た方法と同様、チャリで撫子の家へ向かった。


 撫子の家は、意外にもレトロな雰囲気の二階建てのボロアパート。その二階の一室だった。

 撫子は人気女優だし、それなりに給料も貰っているはずだ。


 なにか、思い入れでもあるのか。それとも、撫子の性格を考えると引っ越しが面倒だから、売れる前に借りていたアパートをそのまま使っているのか。

 そんなことを予想しながら、まぁ詮索するほどのことでもないと気にせず部屋に入る。


 撫子の部屋は、一言で表せば『女子』って感じの部屋ではなかった。


 寧ろ、一人暮らしの大学生の部屋って感じ?

 ……いや、まぁ撫子の年齢を考えれば不自然ではないのだけれど。


 あまり大きくないテーブルの上に、無造作に置かれているビールの空き缶と、床に散らばる漫画雑誌。

 かと言って足の踏み場がないとかそういうわけでもなく、むしろそれ以外は割と片付いている。


 オブラートに包んで言えば、生活感のあふれる部屋。

 厳しい言い方をすれば、ずぼらな部屋って感じだった。


 しかし、なんというか。鏡也としては、ただでさえ綺麗な女性である撫子の部屋が女の子らしい部屋だと、変に意識してしまっていたことだろう。

 だから、却ってこういった部屋の方がリラックスできて良かった。


 それに、撫子の仕事以外ではずぼらになりがちな側面を知っている鏡也としては、らしいっちゃらしいとも思っていた。


「作るから、適当にくつろいでいて」


「じゃあそうする」


 鏡也は床に落ちていた少年ジャンプを拾い、ぱらぱらとめくる。


 実家のような安心感。とは言え、やはり撫子の家。……さっきは却って落ち着くと言ったものの、やはりちょっとソワソワする。


 鏡也はパタリと漫画を閉じて、撫子が調理する様子をカウンター越しに眺めることにした。

 キャベツとタマネギと人参が手際よく切られていく。


 冷凍うどんを電子レンジにかけつつ、フライパンに豚肉を落として焼き始める。


「(……焼きうどんかな?)」


 鏡也は、自分では料理を作ることが滅多にないが、誰かが料理をしているのを見るのは好きだった。

 と言うか、晩ご飯のメニューが焼きうどんってとこまで、一人暮らしの大学生感がヤバい。


「……なに?」


「見てるだけ。だめ?」


「う~ん。お姉ちゃんから誘っておいてなんだけど……実は、あんまり人に見せられるほど料理が得意じゃないんだよね」


 恥ずかしいから、あっちで待ってて。


 そう撫子に追い返されるけど、鏡也からしてみれば焼きうどんみたいな一品メニューでも、その手際から毎日自炊していることがうかがえる撫子はスゴいと思っていた。


 料理なんて半年に一回、気が向いたときにするから楽しいのだ。


 毎日なんて、面倒くさくてとてもじゃないけどムリ。

 少なくとも、一人暮らしをしたら缶詰とカップ麺だけの生活が待ってそうだと思う鏡也からすれば、ちゃんと自炊している撫子は尊敬できる大人に見えるのだ。


 だから、見たかったんだけど。撫子が嫌がるなら引き下がるしかない。


 鏡也は渋々、


「どうしてもダメ? お姉ちゃん」


 と、内心の気恥ずかしさに悶えつつ、最後の悪あがきをする。


「(鏡也くんが、デレた!?)良いよ! こんなので良かったら、好きなだけ見て」


 かわいい! ぼさぼさの髪で隈が深くて私服がダサかろうが、それでも鏡也くん大好きなお姉ちゃんである撫子は、鏡也の解りやすい演技にもたじたじだった。


「そう? ありがと」


 かわいい。いつも素っ気ない鏡也くんが、今日はやけにかわいげがある。

 そう言えば今日は最初からお姉ちゃん呼びしてくれてたし。


 テンションがあがる撫子と、なんだかんだで好いている撫子の料理をしている様を楽しげに見る鏡也。

 恋愛じゃないけど、友情でもない。本当の姉弟は普通こんなに仲良くない。


 事務所の先輩後輩を超えた関係。


 それを的確に言い表す言葉を、鏡也も撫子も持ち合わせてなどいなかった。



                  ◇



 結局、撫子の作った焼きうどんはめちゃくちゃ美味しいわけでもなく、不味いわけでもなく。話のネタにならないような、普通に美味しい感じの焼きうどんだった。


 食べ終わった食器を食洗機に並べながら、鏡也は思う。


 なにもない休日だと思ってたけど、最後にお姉ちゃんとご飯食べれて良かったと。

 同じ事務所の先輩と休日に会った後輩が、先輩の家でご飯をご馳走される。

 言ってしまえばそれだけの話。芸能界だけでなく、そう言う話は非常にありふれた話だ。


 しかし、鏡也と撫子はそう言った経験が今まで殆どなかったのだ。


 理由は、鏡也と撫子が元々人付き合いに積極性がないと言うのもあるけれど、それ以上に鏡也と撫子が所属する事務所があまり大きくなく。

 テレビにちょくちょく出られるほどに有名なのが鏡也と撫子だけ。


 人気がありすぎて、売れすぎて。事務所での二人は少し浮いていて。


 まるで、腫れ物に触るかのような。あるいは高嶺の花だと思われて、絡みづらいと思われてる的な。

 そんな感じで、結局同じ事務所で撫子の後輩が出来るのは鏡也だけで、鏡也の先輩ができるのも撫子だけだった。


 極端な言い方をすれば、こう言うのを共依存と言うのか。


 いや、それは言い過ぎか。

 ただ、事務所で仲の良い人間が互いしかいない。それだけの話である。


 そんなこんなで、晩ご飯を食べ終わって。他愛もない話をして。映画を一本だけ、一緒に見てから、時間も遅くなったと言うことで鏡也は家に帰る。

 鏡也も撫子も仲が良い割に、休日一緒に遊んだりしたことはないし、鏡也が撫子の家に訪れたのだって今日が初めてだった。


 二人とも多忙だから、休みが会いづらいって言うのもあるけど。


「「((今度は、ちゃんと誘おう))」」


 例えば、休みの日いきなり。とかじゃなくてもっと別の機会に、前もって遊びの約束を入れていきたい。

 具体的に行きたい場所があるわけでもないけど。


 それでも誘えなかった後悔と、実際に会えた喜びと楽しさは本物だったから。


 ちゃんと誘おう。


 一緒にご飯を食べた日の夜。

 撫子も鏡也も、結局休日の始まりから終わりに至るまで同じことを考えていた。


 

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