18話 撫子と鏡也の休日

 幼馴染みと関わる時間が必要なくなり、その分仕事を多めに入れるようになったとは言え、毎日学校か仕事か。そんな日々じゃ流石に折れてしまう。

 故に、鏡也は可能な限り土日のどちらかは必ず、仕事のないフリーな日を作る。


 また撫子も人気女優とは言え、その肉体は鋼で出来ているわけでもなく、造詣こそたぐいまれではあるものの、性能的にはごくごく普通の女の子である。

 人気に任せて、仕事を入れすぎ、結果過労でなにも出来なくなったら元も子もない。


 この日曜日。


 とどのつまり、撫子と鏡也は完全な休日なのである。




                     ◇



 鏡也も撫子も、さして何かを発信したり、他人の宣伝を拡散したりするわけでもないが、フォロワーだけが百万人近くいるツイッターのアカウントを持っている。


 だが、二人とも大体週に一回程度のペースで、気まぐれに呟いたりする。


「へえ。これにも出んの? やっぱスゴいなぁ」

「あ、新曲作ってるんだ。出されたその日に聞けたら良いな」


 そして、お互いのツイートをリツイートしたりする。


 鏡也も撫子も、あまりリツイート等を積極的にしないのに、お互いの宣伝系統だけは絶対にリツイートするし、全てのツイートにいいねを付け合っているので、二人が仲が良いことは有名である。


 いくら姉弟のように仲が良いとテレビなどで公言しているとは言え、こう言うのは邪推する人間が必ず出るものだ。

 しかし、カガミと撫子に関しては不思議なことに、恋愛関係の噂が立ったことはない。



                  ◇



 休日の過ごし方は、人それぞれであるが多分最も多数派となる過ごし方となるのは「インターネットを見る」だろう。


 それは鏡也も、撫子も例外ではない。


 鏡也はノートパソコンをベッドの上に置き、枕元にお菓子とジュースを並べながら月額制の有料動画サイトで、撫子が出ているドラマを見る。


 撫子はカガミの音楽をイヤホンで聴きながら、砂肝をつまみに缶ビールを飲みつつ今週分の週刊少年ジャンプを読んでいた。


 普段、直接会ったりするときは

「お世話になったけど、お姉ちゃんぶられるのは照れくさい」

「手の掛かる、かわいい弟みたいな存在」

 って感じで、あまりお互いの仕事についてどうこう言ったりしない。


 しかし、鏡也は女優としての撫子が。撫子は、ミュージシャンカガミとしての鏡也も、普段のお互いとは同じくらいに。しかし別口で好きだった。


 互いが互いにファンでありながら、姉弟のような関係である。


 そして、お互いがプロとして意識し認知していることも知っている。

 知った上で、尊敬した上で、認め合った上で、嫉妬し合った上で。


 普段遭うときは、ただの姉(弟)くらいにしか思ってませんよ? と言った顔をして会うのだ。


 だって嫌だろう。

 姉(弟)だと思って接している人間が、いきなり「ファンなんです!」とか言い出したら。


 勿論、撫子も鏡也も女優(ミュージシャン)としての自分を応援してくれるファンのことは大事に思っているし、大好きでもある。

 ただ、憧れられるだけでなく、ただ対等な存在として心置きなく絡める存在が貴重なのだ。鏡也や撫子ほどの人気になれば。


 だから、鏡也が女優としての撫子のファンであること。撫子がミュージシャンとしてのカガミのファンであることを、お互いに隠して、知らぬ存ぜぬを貫き通すのだ。




                  ◇



 そう言えば、撫子と鏡也は休日に一緒に遊びに行ったりしたって経験が一回もない。


 それはそもそも、撫子にしても鏡也にしても相手を誘ってまで行きたい場所というものが特にないことに起因する。

 欲しいものはネットで揃えれば良いし、そもそも買い物自体そんなに好きでもない。


 かといって、遊園地や有名なご飯屋さんに行こうと思っても、撫子も鏡也も行列と人混みが苦手だった。

 ……向こうから誘ってくれれば、喜んで行くけど。


 自分で誘うほどの、目的意識はなかった。


 鏡也は『今日休みだよね?どっか遊びに行きませんか?』

 撫子は『暇だよ~、鏡也くんどっか行かない?』


 と送ろうとして、『どっか』ってどこだよ……と、ツッコミを入れつつメールを消す。


 そもそも今日は休みだから、と調子に乗って正午を回った後に起きたから外の空は既に茜色に染まっている。

 お互いに明日は学校だったり、仕事があったりで流石に誘うには遅い時間だ。


 結局、鏡也も撫子も遊びたいとかどっか行きたい、と言うより会いたいのだ。


 顔を見て、小っ恥ずかしいようなじゃれ合いをしたい。

 でも、誘う口実を作るのが鏡也も撫子も下手だった。


「……そう言えば、今日お母さん帰り遅いんだった」


 夜のシフトに急な休みが入ったから、ヘルプに入るとかなんとか。

 急な話だったから、晩ご飯の材料を買っておらず、買いに行くのも面倒なので、自分でなんとかして、と1000円札を掴まされたことを思い出す。


「……うわ、冷蔵庫に何も入ってない。買いに行くかぁ~」


 鏡也も撫子も、しゃあなしと近所のショッピングモールへと向かった。




                 ◇



 鏡也と撫子は同じ街に住んでいるが、決してその家が近いというわけではない。


 その距離にして、大体路面電車6駅分ほど。

 遠くもなく、近くもなく。しかし気軽に会おうって感じの距離ではない。


 しかし、この街でショッピングモールと言えばイオンであり、イオンは一つしかない。

 休日やることがなかった鏡也と撫子は、食材くらい近所のスーパーで買えば良いところを「休日らしいことをした」感を出したくて、態々このデカいショッピングモールへと来たのだ。


 チャリで来れば、そう遠い距離でもないが、日曜日のイオンは特に人が多い。


 人混みは苦手ではあるが、まぁ気が乗ったらそんなに気にしない程度の苦手さである。そんなこんなで、晩ご飯の食事を揃え、家に帰る。


 同じショッピングモールに、同じ時間帯で、同じく食材を求めていた二人。


「あ、鏡也くん! 偶然! 買い物?」


「お姉ちゃん!? ……も、晩ご飯の買い出し?」


「も、ってことは鏡也くんも?」


「まぁ、俺は買い出しって言うか……作るのめんどいし、レトルトで済ませようかなぁって」


「あれ? じゃあ、今日は鏡也くんは一人?」


「お母さんが、夜のシフト入ったみたいで」


「だったら、家で食べていかない? お姉ちゃんも、家で一人だと寂しいし」


 鏡也は、少し考えて……。


「じゃあ、ご馳走になろうかな」


「よしきた! なにか食べたいものある?」


 鏡也と撫子の味気なかった休日が、一瞬で彩られる。

 鏡也も撫子も、会いたいと思って会う口実が出来なくて。偶然立ち寄ったショッピングモールで会うことが出来た。


 良かった! 近所のスーパーで済まさなくて!


 ルンルンとカートを押しながら食材を物色する二人は、あるいは仲の良い姉と弟のように見えた。

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