17話 撫子の自撮り写メ
カガミとデートをした次の週の土曜日。
柳は、今日も今日とていつもの喫茶店で、編集と打ち合わせという名の近況報告会をしていた。
家に引きこもりがちな作家にとっては、他人とコミュニケーションを取れる良い機会になり、編集にとっては売れている作家が失踪するのを定期的に遭うことで防ぐことが出来る。
そんな裏の事情はともかく……。
「柳さん、原稿の進捗は如何ですか?」
「ぼちぼちなのです」
「具体的には?」
「二万二千文字まで書き上げたのです……」
先週の段階で二万文字。一週間で二千文字はヤバすぎる。勿論少ないって意味で。
「はぁ。先週、カガミさんとデートに行ったのは一体何だったんですか……」
「だ、だって、それは……」
あんな、あんなにもカガミ様との距離が急接近するとは思わなかったのだ。
それに、恥ずかしい写真まで撮られて。その写メを共有して。
嬉しいし、名残惜しいし、ドキドキするし。
小説家としての語彙力をもってしても、言葉にならない悶々のせいで、うがーっとなって原稿に手が着かなかったのだ。
原稿が進んでいないのは、完全に柳の責任であるが。
「と言うか寧ろ、カガミさんとデートしたことで却って書けなくなったりしました?」
だったら、行かない方が良かったんじゃないか?
そんなニュアンスが言外に含まされた編集の言葉。
柳は、他のなによりもあの楽しかった一日を否定されるような言葉だけは言われたくなかった。
そして、柳のことをよく理解している編集がそれが解らないはずもない。
「今日はもう、帰るのです!」
だから焚きつけた。
柳も焚きつけられたことを感じながら、それでも、あの夢のように幸せだった一日を否定されたくないと言う気持ちが、柳を二万文字台で訪れる定期的なスランプから抜け出させようとしていた。
編集は、怒り狂っていながらもやる気を出した柳を見て、しめしめと微笑んだ
「面白い原稿、お待ちしてますよ。先生」
◇
「んふっ。んふふふっ」
同日の夜。
偶々空いていた先週とは違い、今日は普通に収録があった鏡也は、家に帰り、お風呂上がりの自室のベッドで先週撮った柳とのツーショットと桃から貰った自撮り写真を見ながら、休日特有のだらしない笑みを浮かべていた。
「あ~、かわええなぁ。(んふふっ。こんなかわいい娘が俺のリア友なんだぜ? ヤバくね? うらやましかろう、三千世界の男共よ)」
寝起きでスッピンの桃のパジャマの自撮り写真。
いきなりカガミに密着され、カメラを回されて驚いた顔の柳とのツーショット写真。
どっちも、並大抵のファンでは手に入らない代物である。
鏡也が彼女たちの自撮り写真が欲しかった理由は、この気持ちを味わいたかったからだ。
他のファンとは一つ抜けていると言う優越感?
かわいい女の子の写真だから?
それもある。でも、違う。
眺めているだけでニヤニヤが止まらない、この多幸感。
友達の証? 同じ時間を共有している証拠?
色々ある。でも、こうなんというか……鏡也的には「これだ!!」と言う理由があるわけではなくて、結局、桃と柳の写真は欲しいから欲しかったのだ。
だって、貰えたら嬉しいじゃん?!?! どう考えても!!
……結局、どう取り繕おうが柳や桃の写真を求める鏡也がキモいってのは、鏡也自身が一番解ってるし。だからこそ、悶えたりしたんだけど。
その割に、鏡也は明確に欲しい理由は気付いていなかったりする。
そんなこんなで、鋭気を養った鏡也は明日も仕事が入っているし、そろそろ寝ようそう思った辺りで、一通のメールが届く。
「あ、お姉ちゃんじゃん。珍しい」
撫子は、鏡也が初めて連絡先を交換した芸能人でもあるが、連絡を取る頻度はそんなに多くない。
一ヶ月以上音沙汰なしってことも珍しくないくらいであるが。
『自撮り写メ交換とか面白そうなことやってんるだね。仲間はずれなんて、お姉ちゃん寂しいです』
の一文と共に、キャミソールとハーフパンツという――一ヶ月は早い、薄着の格好をしたスッピンの撫子の自撮り写メが送られてきた。
机には缶ビールと、焦げ目の付いた鶏皮も見える。
「……お姉ちゃん」
いや、嬉しいけど。
かわいいし、ちょっとエッチだし。男子高校生的にも嬉しいし、それに写真フェチの鏡也としても、このオフな感じは非常にグッドだけど。
「(……知られたとしたら、桃ルートだよなぁ)」
この前、テレビで一緒の番組に出ていたのを見かけたし。多分、その時知られたのだろう。
だとしたら、撫子には風呂上がりに唐突に写メを送るというテロをしてしまったことを知られたと言うことになる。
その恥ずかしさを考えると、複雑な気分だった。
プラマイで言えばややプラスであるが。
鏡也はとりあえず、お返しのメールの内容を考える。
撫子は気心の知れた相手でもあるし、それに送られてきた写メも生活感あふれる――少なくとも、普段のきれいどころの女優の姿とは大きくかけ離れたものだ。
出来れば鏡也も、ちょっと奇をてらった写真を送りたかった。
「そうだなぁ。……あ、こうしよ」
『寂しいと死んじゃう?』
と、部屋に何故かある兎のぬいぐるみを抱えた自撮り写真を送った。
このぬいぐるみは、確か小さい頃にクリスマスプレゼント貰ったやつだ。
生地がさらさらで触り心地が良いから、時たまクッションにしたり枕にしたりして有効活用しているのだ。
男の子の部屋に兎のぬいぐるみがあるのも、兎のぬいぐるみが何年も前に貰ったもので、それを未だに大事に取っておいているのも、冷静に考えれば結構恥ずかしいことである。
寝ぼけ頭のままに送った鏡也が「もっと普通の返信しとけば良かった!!」と後悔する未来は割とすぐの話だった。
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