16話 柳とツーショット
『こっち来い!』
『手……』
『またはぐれたら困るからな。それくらい我慢しろ!』
昨年、本屋大賞で銀賞を取ったとかで話題の恋愛映画『アオハル・ハイウェイ』
別に、今度『霹靂の蒼』が映画化するから、似たような境遇の映画を見ようという仕事脳で見ているわけではなく。
偶々、柳が作家としての伝手で映画のタダ券を持っていたから、折角のデートだし、ちょうど良い機会だと二人はこの映画の鑑賞をすることに決めたのだが……。
なんの偶然か、映画のワンシーンがさっきの悪戯と重なる。
さっき、ついプライベートな鏡也の姿を柳に肯定されて、受け入れられて。
嬉しくて舞い上がってしまった鏡也は、柳の手を取りそのまま柳の手を握りしめて街中を歩いていた。
『(爽矢くんの手、意外にゴツくて……暖かい)』
頬を赤らめて、大切そうに握りしめられる手を見つめる女優のうつむき顔を見て
「(あれ? もしかして俺、またなんかやっちゃいました?)」
って言うか、相当恥ずかしいことをしたのでは?
あまりにも気障ったらしくて。せめてカガミのようなちゃんとした姿の時ならまだしも、今のダサい格好で強引に手を取るなんて……。
「(イタいイタいイタいイタいイタい!!! うがぁ! こんなことなら、仕事用の格好で来れば良かった!)」
そうは思っても後悔先に立たず。
どうしよう。柳もこれを見て、冷静になって……恥ずかしいやつって思われたかなぁ、と不安げに柳の方を見てみると、
「はわっ、はわわわわっ」
と、変な声を漏らしながら耳まで真っ赤にしていた。
さっき、いきなりカガミ様に手を引っさらわれて。
嬉しいような、恥ずかしいような、恐れ多いような。でも、確かに感じた幸せなバックバクがフラッシュバックする。
カガミに手を引かれていたときは、頭真っ白でふわふわしてて実感が薄かったけど
まさか、さっきの柳はこの女優のように。女優のような……。
まさか、自分がこの映画のワンシーンのような状況に遭っていたなんて。
嬉しい。確かに嬉しいが、今柳の中からはそんなものじゃ言い表せないような感情が沸騰するように、真っ赤に全身を駆け巡っていた。
「(もう一度だけ、手に触れたいのです……)」
目を潤ませた柳が、鏡也の方を見つめる。
「(こ、これは、どういう顔……?)」
恥ずかしいやつって思われた感じではない。
どちらかと言えば、柳自身が恥ずかしがっているような。
柳がそっと、カガミの手に触れようと手を寄せ。鏡也は、柳と隣り合う席の肘掛けから手を下ろし、そのまま逆側の肘掛けに体重を乗せる。
……さっき、いきなり手を引いて驚かせちゃったし。うっかり手にでも触れたら、また柳を驚かせてしまうだろう。
それに、もう一度手が触れてしまうと鏡也の方もさっきのことを思い出して大変なことになりそうだった。
「(あ……)」
そんな鏡也の内心など知れず。また、鏡也も柳の内心を知らず。
すれ違う手の行方に、柳はシュンとし、鏡也は少し気まずさを覚えた。
映画は恐らく、話題に通り面白いのだろう。
少なくとも、多感で、恋愛対象ではないにせよ互いに下心を持ち合って意識し合う柳と鏡也の心をこれほどまでに揺さぶる映画なのだから。
でも、肝心の二人は互いのことばかりを考えて、結局映画の内容なんて1割ほども覚えてなどいなかった。
◇
柳には「カガミ様とデートがしたい!」
鏡也には「自撮り写メの交換が出来るくらい柳と仲良くなりたい!」
そんな下心のみで遊ぶ約束をした二人は、芸能界においても有数の美男美女であるにも関わらず、柳は内向的な気質と最近家に引きこもりがちな生活故、鏡也は普段の格好のダサさのため、異性とデート! なんて経験は初めてのものだった。
午前中は、柳の映画のチケットのお陰でなんとかなったけど。
「「((これからどうすれば良いのか解らない( のです)!))」」
映画を見終わった後、ポップコーンを摘まんでいたせいでそんなにお腹が空いていなかった二人は、近くのお店でおいしいと評判のヒレカツサンドを買って食べながら、内心は結構焦っていた。
もさもさと、からしのアクセントがおいしいヒレカツサンドを頬張りながら、会話がない柳と鏡也。
せめて会話があれば、こっからの行動をどうするかの糸口になるだろうに。
最も手っ取り早い話題である『映画の感想』――両者とも、お互いにうつつを抜かしていて映画を殆ど見ていないために、その話題は避けたい。
しかし、下手に会話を振ろうものなら(お互いに相手は映画をちゃんと見ていたと思っている二人は)映画の話題を間違いなく振られるに違いない(と思っている)
そして、当然ながら、二人ともよく見ていない映画の内容についてちゃんと会話が出来る自信もなく。
下手すれば、映画を見ずに相手を意識してドキドキしていたことがバレてしまう。
それは恥ずかしい!!
とは言え、このままデートが終わってしまうのも望むところではない。
柳も鏡也も同じことを考えているのに、でも、すれ違ってしまう。
これ以上、会話の糸口がつかめなくて。こっから先、どうすれば良いか解らない。
それをどちらかが打ち明けてしまえば良いのに、柳はカガミ様にダメな自分を見られたくないという気持ちが。鏡也は柳の期待に応えていたいと言う気持ちが。
どうすれば良いか解らないなんて、その一言を喉のすぐそこで押しとどめていた。
あっという間に、ヒレカツサンドを平らげて。
二人は、お店のすぐそばのベンチで手持ちぶさたになったしまう。
決して気まずくなんてない。でも、どうしようもなくもどかしい沈黙。
「……とりあえず、この辺歩き回ってみる?」
「そうするのです」
簡素なやりとりの後、柳と鏡也は映画館周辺の街並みをぶらぶらと歩く。
何を買うわけでも、何を見るわけでもなく。
腕二本分の距離を離れて、特に会話の糸口が見つかることもなく、唯々日の傾きが大きくなっていくばかりだった。
結局、鏡也と柳は映画館を出た後、殆ど会話をすることが出来ないまま、時間だけが過ぎて言ってしまったのだ。
二人とも、後悔が募る。
折角のデート、こんなので良いのか? このまま終わって良いのか?
避けているという自覚はあった。避けられているという感覚もあった。
お互いに。相手が今、何を考えどんなことを思っているのか解らない。
それでも、このまま終わるのは嫌だと。焦りのような、名残惜しさのような、どこまでも後引きそうなねちっこい感情だけは確かに感じ取っていた。
でも、間違っても。映画の時、手を繋いだときのことを思いだして、ドキドキして映画なんて見ていなかっただなんてそんなことは言えない。
「(これじゃあ、自撮りの交換なんて絶対に出来ないよな)」
でも。鏡也はふぅっと息を吐いて、精一杯の勇気を振り絞る。
「ねえ。もう遅いし、そろそろ解散するか?」
シュン。何も出来なかった後悔が柳の胸を抉る。柳はただ、首を縦に振って立ち尽くしていた。
鏡也は、そんな柳の肩に手を回し、スマートフォンのカメラを起動した。
「でもまぁ、その前に」
カシャ。
後悔の涙がほんのり浮かんだ柳が、驚いて鏡也のスマホの方を見上げた写真。
そして、うれしさと恥ずかしさで柳の顔が真っ赤に染まった写真。
僅か5秒にも満たない時間に二回押されたシャッターが捉えた二種類の写真。
「今日はなんだかんだ楽しかったし、記念。写メ柳のにも送っとくから」
ピロン。柳は、送られてきた写真を見て――
「な、なな、な!? なんなのです、本当に!! ……いきなりで、私、全然かわいく写ってないのです!! 撮り直しを要求するのです!!」
「そう? 俺は、最っ高に柳がかわいい写真が撮れたと思うけど?」
「な!? 本当に……本当に……。カガミ様はずるいのです!!」
「そうだね。俺はズルいから、このまま帰っちゃうね。じゃあね! また誘ってくれると嬉しいな!」
かぁぁぁっと、赤くなる顔を柳に見られる前に背を向けて逃げるように帰る鏡也。
自撮り写真の交換は、恥ずかしくて出来ない。
でも、そもそも自撮り写真の交換なんてする必要がないのだ。
柳も鏡也も同じ場所にいるのなら、交換するまでもなく二人一緒に撮ってしまえばそっちの方が話が早い。
恥ずかしい思いをしたけど。多分、今晩悶絶するけど。
それでも、良い表情の柳の写真が撮れた。本当に良い写真だ。
鏡也はそんな満足感に浸りながら、そわそわと自宅へ帰った。
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