15話 柳と休日デート
土曜日。
今日は先日メールで約束したとおりに柳と遊ぶ(柳も鏡也も内心ではデートと思っている)と言うことで、鏡也は珍しくオシャレをしていた。
ボサボサの髪を整え、お気に入りの赤ラインが入ったジャージ生地のズボンと、囚人服のような白黒ボーダーのシャツ。鏡也は私服はそれしか持ってないので、その上から母親のパーカーを羽織る。
流石に休日の、プライベートなデートのためにメイクさんやコーディネーターさんにセットして貰うわけにはいかないし。となると、根本的に服装に頓着しない鏡也にとってはこの格好が最大限のオシャレのつもりだった。
「あれ? 鏡也、珍しくオシャレして……どっか遊びに行くの?」
「あぁ、うん、ちょっとね。パーカー借りるけど良い?」
「それは良いけど……」
鏡也の母親は思う。鏡也にしてはオシャレな格好で、普段からこれくらいは綺麗にしておいて欲しいと思うが、それでも――ダサい!
鏡也は「(うん。これなら幻滅されないでしょ)」と内心思ってるけど、そんなことはない。
少なくともこの程度のオシャレは半年に一回程度突発的にするけど、そんな鏡也の姿を見て、幼馴染みがカガミと一切結びつけられないのが良い証拠だ。
ただ小綺麗にしているだけで、別に格好良くもない。と言うか普通にダサい格好の鏡也はそれに気付くこともないまま、ルンルン気分で待ち合わせ場所に向かった。
◇
鏡也はちゃんと約束の時間の五分前に着いたと言うのに、メールで柳に連絡すれば既に着いているとの返信が返ってくる。
しかし、待ち合わせ場所にいたのはどこぞのお嬢様を思わせる美少女のみ。
オシャレに頓着しない鏡也にはその少女の服装がどうであるとは形容できないけれど、それでも清楚そうで綺麗だと思った。
その少女が
「カガミ様!!はぁぁぁぁ、 オフのカガミ様、神なのです!」
と、テンション高めに走ってきては、幸せそうな声を上げる。
「はぅっ! こんな往来でカガミ様って呼べば、注目の的になって折角の休日が台無しになってしまうのです! ど、どうしたら良いのです!?」
「やっぱり柳だったんだね。……多分、柳が綺麗すぎて既に目立ってるからカガミ呼びはもはや今更だと思うけど」
「き、綺麗!? ……その、えっと……」
まさか、自分が褒められるとは思ってもみなかった柳は素で照れていた。
対照的に、鏡也は柳の姿とこの街中で集めている視線によって流石に気付いていた。
「(多分だけど今の俺の格好、ダサいかもしれん。釣り合ってねーって感じの視線感じるもん)」
幻滅されただろうか。そんなことは、初めて会ったときと変わらずカガミの限界オタクと化している柳を見て思うことはないけれど。
と言うか寧ろ鏡也は、幻滅されなかったことに安堵すると同時に、よくもまぁこんな格好の男にこんな好き好きオーラを出せるものだと疑問に思う。
柳は幼馴染みでもないし、ちゃんと鏡也がカガミだって知っているのに。
「カガミ様の方が格好良いです! はぅぁ、神! あ、あの……写真一枚だけ撮りたいのです!」
……勝手に気付かれてると思っていて。気付かれてないとしても、普段は仲良くやれてると思っていた幼馴染みに告白をして、ふと、こっぴどく振られたことを思い出していた。
「良いけど。今日の俺、全然格好良くないよ? いつもはメイクさんとかコーディネーターさんがちゃんとしてくれてるからそれなりになってるだけで……」
「いいえ、そんなことないのです! 私は! ……と言うより、私たちはカガミ様がカガミ様であるってだけでもう神だと思っているのです! なんというかこう……作家なのに上手く言葉に出来なくてもどかしいのですが……」
つまり、
「例えカガミ様の私服がダサかろうが、それはそれで『萌え』なのですし、ライブではアレだけ最っ高なパフォーマンスをしているカガミ様の普段の格好がだらしなかったとしてもそれは『ギャップ萌え』なのです!」
「やっぱダサいんじゃん。俺……」
「そうじゃなくて! その……、他の人が着ればダサい服も、カガミ様が着てればオシャレだし、オシャレだと思って自信満々に出てきたカガミ様も最っ高にかわいくて萌えってことなのです!!!」
ふんすー。鼻息を荒くしながら、
「とにかく、私にとってカガミ様はどんなカガミ様だろうと神ってことなのです」
と締めくくった。
はっきり言って何言ってるかわかんない。
どこまで行こうと結局鏡也の服がダサいことも、ダサい格好をオシャレだと思って自信満々だった鏡也がイタいことも何一つ揺るがない事実だ。
でも、それ含めて良いって言われているのは伝わった。
本当に本業作家なのか? と思うほどの語彙力で、勢いに任せてめっちゃ失礼なことを言われているはずなのに、鏡也は気を悪くするどころか寧ろ、嬉しくて気恥ずかしくて、それでいてどこか救われたような気持ちでいた。
ファンが何かの拍子で手のひらを返してアンチになる。芸能活動をするものにとってそれ以上に恐ろしいことはない。
でも、少なくとも柳はそんなことはない。
どんなカガミだろうと、それがカガミなら全部受け入れる。
少なくとも、普段の鏡也の姿を見た程度じゃカガミが好きって気持ちにみじんの揺るぎも無い。。
柳の見せた大きすぎる包容力が鏡也には嬉しかった。
「ありがとう。……ごめんね。何か、嬉しくって」
幼馴染みに振られ、仲良くしていたと思っていた普段の姿すらも否定され。それ以来心にぽっかりと空いていた穴が暖かく満たされていくのを感じた。
その暖かさに、鏡也は思わず涙が出てくる。
「はぅっ! よ、よよよかったらその涙、瓶詰めにしてお持ち帰りしたいのです」
「いや、それは流石にやだ。って言うか、恥ずかしいからちょっと見ないで欲しいんだが……」
「ご無体な! ぐぬぬっ。カガミ様が嫌なら、苦渋ですが、見ないように努めるのです……」
鏡也はすぅっと息を吸い込んで、気持ちを切り替える。
折角の休日デートにいきなり泣いてしまうだなんて言う、男の子としてあるまじき醜態を晒してしまった。
けど……いや、だからこそ! その汚名を返上し、名誉挽回したい!
カガミはそう意気込んで強引に、柳の手を取った。
「ふぁっ!? ええ!? あ、あの手……(ヤバいヤバいヤバい、カガミ様の手。意外に大きくて、柔らかい。って言うか繋いでるのです? 私が? はぅあぅ、こ、これは本格的にヤバいのです!)」
握手会すらしないカガミと手を繋げるだなんて。
泣かされた仕返しと、ちょっとしたファンサービス。あと、悪戯心でカガミに手を引かれた柳はドキドキとバクバクで頭が真っ白に蕩けそうになっていた。
デートはまだ、始まったばかりである。
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