25話 撮影開始

 蒼は今、日本で最も熱いミュージシャンである『キョウ』の大ファンである。


 まだキョウが今ほど人気が出る前から大好きで、最近はチケットの入手が難しくなりつつあるライブもほぼ全てで最前列で応援し、地方のイベントも情報が入った限りでは全部追いかけて回った。


 そんな蒼は、休日。作曲に行き詰まって、街をぷらぷら歩いているキョウに勇気を出して

「ファンなんです! ……握手を、してくれませんか?」


 キョウは悪戯っぽく蒼の手を取りながら、


「いいよ。ねえ、良かったら今から俺とデートしない?」


「え!? でででで、デート!?!??? な、ななななんでなんですか!?」


「君が可愛かったからかな? ねえ、名前なんて言うの?」


「あ、蒼です。か、かわいいだなんて(きょ、キョウ様にかかかかかわいいと言われてしまいました!! しかもデート!? 私、これからどうなっちゃうの!!?)」


「ハイカット! 良いねえ。撫子ちゃんが完璧なのはもちろんだけど、カガミくんも本当に初めてなの? 実はどこかで経験あったり?」


「い、いや本当に初めてです」


 と言うか演技云々よりも台詞が恥ずかしすぎるし、あの撫子が「でででで、デート!?」とか「キョウ様にかかかかかわいいと」とか言ってるのもヤバい。


 台詞自体は、原作の霹靂の蒼を何度も読んでたし脚本の台詞は簡単に覚えられた。


 だからこそ、棒にはなってないけど……でも、逆に気障ったらしくなりすぎた気がしてならない。


「流石カガミ様なのです!! 神! 本当に最高なのです!!」


 ……いや、柳がそう言うのなら良いけど。


「お姉ちゃん……。色眼鏡なしに、俺ちゃんと出来てた?」


「上手だったよ。やっぱり、演技の才能はお姉ちゃんに似たのかな?」


 実際、鏡也の演技は上手かった。


 元々他の人には持っていない透き通っていてよく通る天性の声を持っている。

 なので、よっぽどガッチガチに固まって喋らなければ朗読をしているだけのような演技でもそれなり以上に見えるポテンシャルはある。


 しかし、今回のキョウのモデルは鏡也自身なのだ。


 流石に鏡也はあんな気障ったらしいことは言わないものの、「自分のことを好いてくれている人が好きなところ」とか「スランプに陥ったとき誰かに縋りたくなるところ」とかかなり素の鏡也と近しい部分もある。


 別にカメラや人目には慣れている鏡也はただ、殆ど自然体で脚本通りに動けばそれだけで「ちょー上手い演技」となる。


 つまり、ハマリ役ってやつなのだ。

 竜司やあやめも「流石にコネだけで選ばれた感じでもなさそう」と、鏡也の演技を認めていた。




                     ◇



 霹靂の蒼の一番最初のシーン。


 原作ではモノローグによって主人公の蒼が大のキョウ好きであることを表現していたが、映像ともなればそんなことをぺらぺら喋るわけにはいかない。

 だから、ライブで歌っているキョウを蒼が「きゃーー!!キョウ様!!」とはしゃいで応援しているところが出だしになる、と脚本に書いてある。


 そのライブでキョウが歌う曲こそが、キョウが書き下ろす主題歌になる。とのことだが


「(やべえ。全然作れてねえ)」


 鏡也が映画に出演することが決まって、この撮影が始まるまで約50日。


 鏡也も先んじて、曲を何曲か作っておこうと思ってはいたのだが……。


 まぁ曲が降りてこない。


 いつもなら

「良い曲かどうかなんて結果論。とりあえず適当に作って、適当に上げて。評価されれば良い曲だし、評価されなきゃイマイチだったってことで」

 と、失敗前提でとにもかくにも一曲作り上げることを最優先にしていた。


 でも、


「流石に、主題歌で失敗しても良い理論はダメだよなぁ」


 あぁ、適当にネットに上げて一番再生された曲を提出するって方針じゃダメだろうか……。いや、ダメか。

 鏡也は、そもそも自分の音楽がなぜ他人に評価されているのか解らなかった。


 確かに鏡也は音楽を作るとき、聞いてみて自分が気持ちよくなれる曲を意識して作っている。

 そして、曲が完成したときの達成感や想像以上のメロディーが出来たときの快感。


 その虜になって、中毒者のように「楽しい! あはははっ、楽しい!!」と良いながら作っているのだ。


 でも今回試しに作った曲は聴いてみても気持ちよくないし、

 作っている途中にガンギマリもしない。


 それは別にいつもより、曲の質が落ちているというわけではなく。いつもよりもハードルと高く設定していて、鏡也的に超えられていないだけではあるのだが。


「(スランプだ!!)」


 今日の撮影じゃないけど、キョウかよと思う。


「もう撮影始まってるし、曲も早めに上げた方が良いよなぁ……」


 うっぷ。

 思うように作れないストレスと、作らなければならないという責任感が鏡也の胃に重くのしかかる。


「……頑張ろう」



                   ◇



 撫子演じる蒼と、後に蒼の恋のライバルとなる桃演じる『美紅』

 二人はカフェでドリンクを飲みながら、丸い机を隔てて対面に座っている。


「聞いてください、美紅ちゃん!!」


「なに?」


「きき、昨日キョウ様に街中で会ってそれで、でででデートまでしちゃったんです!」


「へー。妄想?」


「妄想じゃありません! マジです!」


「マジか(あいつ……何、休日にウチの友達ナンパしてんのよ。後できつく言い聞かせてやる)」



                  ☆



「ちょっとキョウ? あんた昨日ナンパしたんだって?」


「いや、ナンパじゃなくて。蒼ちゃんの方から声をかけてきて」


「はぁ、馬鹿。万が一週刊誌にでも撮られて、熱愛報道されたらウチの事務所は潰れるからね!? 」


 キョウが所属する事務所は、美紅が経営する弱小事務所だ。

 今のところ、殆どキョウ一人の人気で事務所が成り立っているみたいなところはある。


 そんななか、キョウに傷が付いてしまえば事務所は倒産の一途なのだ。


 そんな事情もあって。

 美紅はキョウに「今後、蒼と会うのはやめなさい。互いのためにならないから」と言い、キョウは「嫌だ」と断る。

 昨日一日関わっただけだが、蒼は魅力的な女の子だった。


 そして蒼が魅力的だなんてこと、友達の美紅も理解している。


 そして蒼がキョウのことが大好きなことも。

 もし、蒼と歩いていたせいでキョウが干されるようになることがあれば蒼は責任を感じて苦しむかもしれない。


 美紅は一人の事務所のオーナーとして、蒼の友人として、キョウと蒼を阻む障害とならねばならない。

 その心苦しさたるや……


「カット!!」


 監督の声が響くと同時に、鏡也は「桃、演技上手くね?」と思ったし。桃も「カガみん流石に上手いなぁ」と思っていた。

 演技に上手い下手があるのかはよく解らないけど、でも鏡也的に美紅はかなりエモいキャラで実は一番好きなキャラでもある。


 だって、事務所のオーナーとしての顔と蒼の友人としての顔。蒼の友人としては、恋路を応援してあげたいけど、友人として止めてあげるべきだとも思う。

 そして、キョウにも恩を感じるから休日くらい好きにさせてやりたいという気持ちと、やっぱり危ない橋は渡らせたくないと言う気持ち。


 その葛藤があるのに、おまけに美紅はキョウのことを好きになってしまうのだ。


 その報われない感じが鏡也は好きで、桃はそんな美紅の葛藤を高精度で表現できていたと思う。

 その証拠に、撮影中ずっと「あぁ、エモい!!」と叫びたくなるのを何度も我慢していた。


 桃も原作だと鏡也と同じく一番好きなキャラは美紅だった。


 そして、そんな美紅との演技で内心ハイテンションだった鏡也のキョウはスゴく活き活きして上手かった。

「(私、ちゃんと出来てたかな?)」


 一番好きなキャラを演じるプレッシャー。


 桃は頑張ろう、と呟いて活を入れた。

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