26話 柳とカガミのスランプ

「あぁぁぁぁ。解らん!! 解らん!!!!」


 降ってこない。ゾクゾクしない。脳内麻薬がドバドバ出て、楽しくて、夢中になって、ハイになるようなあの感覚が来ない!!

 でも、霹靂の蒼の主題歌を書き下ろさなければならない。


 焦りが、責任が、プレッシャーが。鏡也に重くのしかかる。


 カガミの曲が今まで、映画やアニメ、ドラマの主題歌、CMなどに使われたことは多々あれど、映画のために書き下ろす、と言う経験が皆無だった。

 鏡也は今まで、論理的に音楽を作ったことがないのだ。


 ただその時なんとなく思った感情や、なんとなく耳触りが良いと思ったメロディーを紡いでいく。

 そこには「曲を作る」以上の目的などなく、ただ歌うために歌うような。


 でも今回は、映画のために作る。目的を持って作らなければならない。


 カガミのファンで、最近仲良くなって。きっと誰よりも曲の完成を楽しみにしている柳がいて。

 カガミのライバルで。生半可な音楽なんて見せられないほどに意識している桃がいて。

 鏡也のお姉ちゃんで、事務所の唯一の先輩である撫子がいて。


 その人たちと一緒に作る映画で、カガミの曲が足を引っ張ったら……。


 怖い。どうしたら失敗しないか。そんなことばかり考えて……鏡也は今夜も曲を書けなかった。




                   ◇



 鏡也のスランプの原因は単純明快に言ってしまえば、柳や桃や撫子を意識し過ぎてプレッシャーになっているからである。

 勿論、鏡也が勝手にプレッシャーを感じているだけでしかないのだが。


 一ヶ月前から、粘って。撮影が始まったこの一週間死ぬ気で書こうとしても書けずに追い詰められた鏡也は柳にメールを送った。


『主題歌に関して、相談があります。今度の休み、良ければ会って貰えませんか?』と。


 貰った柳はどんな相談なのだろうと、不安半分。期待半分の感情を抱く。


 それでも『勿論なのです! どこに集合すれば良いのです?』と5秒も掛からずに返信した。

 盲目でカガミ信者の柳でも。いや、だからこそ気付いていた。


 ここ最近の鏡也の元気が少しないことに。


 勿論、それで撮影に支障を来しているわけでもなく。やはりカガミ信者の柳にとっては神がかった――むしろカガミがかった仕事ぶりを見せているのだが。

 それでも、少し心配だった。


「(私が、カガミ様の力になるのです!)」


 そう思いながら、メールで追伸を送る。

『私的には、休日と言わず今からでも問題ないのです』


 新作の執筆とか、霹靂の蒼の番外編とか色々やらなければならないことが沢山あると編集に言われているが、そんなのカガミの前では些末なこと。

 世界の終焉と仕事の納期、どっちが大事か。そう言う話である。


 鏡也もよほど追い詰められているのか『じゃあ、今からお願いします』との返答が届く。柳は超特急で支度した。



                  ◇



 柳と鏡也が初めて会った喫茶店。


 あの時は柳の希望であったが、今度はカガミから誘い。編集もマネージャも介さずに会う。

 鏡也と柳のメールは基本的に柳が送り、鏡也が返信するという形だからこういうのは珍しい。

 きっと、何か良からぬことがあったに違いない。


 不安もある。心配でもある。

 それでも、カガミ様から呼び出しされた!! と言うだけで、嬉しくなってしまうのは柳の悲しき性である。


「何が、あったのです?」


 柳が問いかけると、鏡也は重い口を開いて答える。


「主題歌が、全然作れない……。色々試しに作ってるんだけど、どれもこれも納得がいかなくて。だからさ、とっかかりだけでも相談しようと思って。

 なんかこう、歌詞だけでも一緒に考えて貰えないかなぁって思って……」


 映画の主題歌に相応しい音楽が作れない。

 なら、誰よりも作品に対する理解が深いであろう人間に相談すれば何かヒントを得られるかもしれない。

 そう言う一心で、まるで重罪を告白するように言葉を紡ぐ鏡也。


 しかし、柳は曲が作れてない云々よりもあのカガミ様がボツにした「試しに作った曲」に対する興味で頭がいっぱいだった。


「あの、試しに作ったって……今から聞いたり出来るのです?」


「ん? あぁ……まぁ、スマホに録音データは入ってるけど」


「ぜ、是非とも聞いてみたいのです。……なんなら歌って欲しいのです」


 図々しい頼みだったかもしれない。

 そうおずおずとカガミの様子を見る柳の心境を知るよしもない鏡也は、喫茶店の様子を見て

「……まぁ、人いないし迷惑にはならないか」


 と判断して、少し小さめの音量で曲を流す。


 試しに作って、これじゃないとボツにした曲を口ずさんでいく。

 歌詞も未完成で、曲も全て出来上がっているわけではない。

 それでも柳の内心は感無量、その一言に尽きていた。


「(はわわわわ。か、カガミ様の生歌声。……って言うか、な、なんでこの曲がダメだったのかさっぱりわからないのです)」


 柳は音楽に対する造詣が深いわけではない。


 でも、鏡也の曲は柳の知るカガミの曲と同じように素敵なものに感じた。

 いや、新しいもの補正と生歌補正。あと、未公開という優越感があるからか、いつもよりも素敵に感じてしまう。


「感動したのです!! 素晴らしいのです!! 素敵だったのです!!!」


 柳の目からは涙が流れていた。

 良かった。スゴかった。素敵だった。


 なんでダメなの? カガミ本人はこの曲がダメだと思っている。


 柳は音楽に理解がないけど、カガミがダメだと思っている曲を「良い!」と言って「何も理解してないやつだ」と思われるのは怖かった。

 でも、感情が衝動が溢れて心の内が漏れ出てしまう。


「そ、そう……?」


 鏡也は、今歌った曲は正直イマイチだと思っているし。何が良いのかもさっぱり解らない。

 でも、柳がこれだけ感動して良いと言ってくれているなら良いものなんじゃないかと思い始めていた。


「あの……カガミ様。どうしてこの曲じゃダメなのです?」


「いや、純粋にビリって来なかったってのもあるけど……それ以上に、いつも通りって感じがして霹靂の蒼って感じの色が出てないなって思って」


 鏡也は、この映画を機にまた一つがらりと変わったカガミの楽曲に挑戦したいと思って、しかしいつもと違う曲なんて作れず、苦悩し、スランプに陥っていた。

 でも……


「霹靂の蒼は……私が、カガミ様のことが好きだー!! って気持ちを詰め込んだ作品なのです。

 だから、作品の演出的にも寧ろいつも通りって感じのカガミ様の曲の方が、作品を見てくれる人たちにもカガミ様が好きだーって気持ちが伝わると思うのです」


 それに……


「私はこの曲、最高に良かったと思うのです! むしろ、これが良いのです!!」


 柳は鏡也の作った曲を肯定する。


 信者とはそう言うもので、結局、いつも通りでも勝負をかけていつもと違う曲にしてもカガミが作った曲ってだけで嬉しい。

 でも、信者になった原因の曲はいつも通りの曲だから。ファンとしては、安心と信頼のいつも通りの方が好きなのだ。


「(そっか……。いつも通りで良いんだ)」


 カガミの曲は良くも悪くも独特である。


 故に、器用に他の作風色に染め上げたりってのが苦手で。でも新しいことに挑戦しなきゃって思って、鏡也は苦しんでいた。

 でも、変わらなくて良い。今のままが好きなんだって言われた。


 今のままでも好いてくれる人がいる。柳が好いてくれている。


 なら、好いてくれなくなるまでは変わらなくても良い。


 そんなことに安心して、ほっこりして。今まで鏡也を苦しめていた重くのしかかるような重圧はどこかに吹き飛ばされてしまっていた。

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