3話 美少女アイドルとの密会

 片や今をときめく高校生ヴォーカリストカガミ。片や人気急上昇中のアイドルグループのリーダー香月桃。


 そんな二人が密談の場所として訪れたのは、駅前のファミレスだった。


「ファミレス!?」


「良いところでしょ? ここ。何でか解らないけどお客さん少ないし、照明も昏くて他の人は疎か目の前に座る人の顔すら良く見えなくて」


 多分客が少ないのは、それほど暗いからだと鏡也は思う。

 なんかこう、アイドルと一緒に来る場所としてはもっと華やかな場所かおシャンティな場所を期待していたのだけど……アイドルって案外庶民派なのか?


 そんなことを思いながら、半分に切った紫タマネギみたいなスイッチで店員さんを呼び出す。


「俺、ドリンクバーとスープバーで」


「え? カガみん食べないの?」


「桃は食べて良いよ。俺はお母さんに、帰ったら食べるから晩ご飯作っといてって言ってるから」


「マザコン?」


「孝行なだけだよ。良いことじゃないか」


「うーん。じゃあ私も軽めのにしようかな。えっと……じゃあ、私はドリンクバーとリブロースステーキ250g盛りで」


 軽めのとは!?

 って言うかこのファミレス、そんながっつりとしたメニューもあるんだ。


「桃は何飲む?」


「んー。じゃあ一緒に行こう」


 そう言って、二人はドリンクバーで飲み物をつぐ。

 鏡也はカルピスとカルピスソーダを1:1で割って作った微炭酸カルピスソーダ。桃は三分の一ほどコップ注いだアメリカンコーヒーをさらに水で薄めたうっすいアイスコーヒー。


 鏡也は桃にコーヒー苦くて飲めないのかな? 別に無理してコーヒーにしなくても……と思うが、桃もまた鏡也に対して炭酸飲めないのかな? だったら普通にカルピス飲めば良いのに、と思った。


「それで……話したいことって?」


「ひふはへ、ははっひははみんほ」


「いや、やっぱり食べ終わってからで良いよ!」


 250グラムもあるステーキをほおばるアイドル。

 何というかこう、凄まじい絵面だった。

 鏡也はそんな桃の様子をほのぼのと眺めながら、自分は微炭酸カルピスソーダとコーンポタージュを交互に飲む。


「……合わないな、これ」


「そりゃそうでしょ。なんで一緒に飲んでんの?」


「いや、こう言うのはやってみなきゃわかんないじゃん」


「ひや、解るでしょ。……なんかカガみんってちょっとポンなところある?」


「いや、ない。それはない」


「だって、今日だって上着を脱いで何かしたかったんだろうけど、ボタンを外し忘れててなんか変なことになってたじゃん」


 今日のMステ。観客にサイン入りの上着を投げようと目論んだあれは、結局上着がカガミに絡まるという、とんでもなくダサい形で不発を迎えた。


「そ、それは……。あぁぁぁ。また今日のやつもユーチューブとかでカガミの放送事故パフォーマンスとして切り抜かれるんだ」


 頭を抱え込んで絶望する鏡也。それにドンマイと声をかけて、250gもあったステーキの最後の一切れをぺろりと平らげてしまった。

 桃の細いウエストを見ながら思う。

 やはりアイドルは歌って踊るから、カロリーも消費が激しいのだろうか?


「それで、話って?」


「それなんだけど。カガみん! 私、めっちゃカガみんのこと意識してるの! 好きなの!!」


「ええ!? こ、告白? い、良いの? アイドルがそんなことを言って! 大問題にならない?!」


「あ、いや、そう言う意味じゃなくって! アレだから! 同じミュージシャンとしてって意味だから!」


「あ、あぁ。なるほど」


 両者とも顔から火が吹き出るほどに赤面していたけど、店の暗さで気付かれなくて良かった……と安堵する。


「それは、まぁ俺も好きだし……意識してるけど」


「そ、そうなんですか。嬉しいな。……って、え? カガみんが私たちのこと意識してる?」


「いや、そりゃしてるでしょ。同い年なんだし。毎週のオリコンチャートで世紀末シスターズが一位になる度に“くっそ。どうして今週はあんな小娘共が一位で俺が一位じゃないんだよッ!”ってどろっどろの血涙を流してるから」


「同い年なのに小娘って……。でも意外。カガみんのこと意識してるの私たちで、てっきりカガみんの眼中になんてないと思ってたから」


「いや、それはない。世紀末シスターズって、曲のセンスもさることながらMVは奇抜だしメンバーは踊りも歌も上手くてしかも美少女だからね」


 世紀末シスターズを見る度に、自分も女の子だったらアイドルやるのに……と思うほどに。


 鏡也はただ、一人の音楽オタクとしての本音を言っただけだったが、それを聞かされた桃の顔は真っ赤でパンクしそうだった。


「な、ななっ! そ、それを言うならカガみんだって、音楽は他にないほど斬新で真新しいのに聴いて心地よくて。声も魅惑的で魅力にあふれているのに、MVは凄く格好良くて、イケメンで。おまけに作詞作曲からMVの構成まで全部一人で考えてるらしいじゃん!!!

 天才じゃん! そんなカガみんにほ、褒められてもなんかこうなんかこう……ありがとう!!」


 ボンッ。今度は鏡也の顔が炸裂する番だった。


 なんかこう、年齢も近くてよくオリコンで競り合っていることもあってライバル視していたアイドルの女の子からて、天才なんて言われて。かっこいいとか言われて。

 嬉しくないやつがいるわけがない。鏡也はもう、舞い上がっていた。心臓ばっくばくだった。


「ふ、ふーん。実はグループの楽曲の大半を手がけてる桃に言われてもなんかこう、その……嬉しいわ!ありがとう!」


「そ、それでさ。カガみんに折り入って話があるんだけど」


「ほうほう。何ですか?」


「一曲だけで良いんで、楽曲コラボしてくれませんか?」


「良いよ。やろ!」


「だよね。やっぱり曲は……って、良いの!?」


 カガミ自身、今まで打ち上げとか幼馴染みのために色んなところに顔を出さなかったために横の繋がりが薄いが、それでも他のミュージシャンとコラボをするって言うのに憧れがあった。

 もしこれがどこぞの馬の骨なら流石に断ってたが、相手が世紀末シスターズなら是非もなし。


「で、どんな感じにする? とりあえず桃のほうで曲を作ってから、それをベースに俺が挟む感じで良い?デスパシートで例えるなら俺がダディーヤンキー」


「んー。まぁそれが良いかもね」


 カガミの曲は良くも悪くも独創性に富みすぎている。

 カガミの曲をベースにしてしまうと、どうあがいてもカガミの世界観を抜け出せなくなるから、挟むくらいがちょうど良い。


「(俺、器用じゃないからな。俺の曲が世紀末シスターズの雰囲気をぶち壊したら……)」


「(私の実力がカガみんに届かないから……)」


 しかし両者とも、内心は同世代の子には負けたくない! 負けたら嫌だ! そんな根底にあるライバル心がネガティブな不安を生み出していた。


「まぁ、とりあえず細かい話はおいおいってことで、連絡先教えてくれる?」


「うん。もちろん」


「(か、カガみんの連絡先!? マジ? やばいやばいやばいちょー嬉しいんだけど)」


「(幼馴染み以外で同年代の女の子と始めて連絡先交換した! しかもアイドル!! ……俺、もしかしてリア充?)」


「「((次会うときはペンとアルバムもって、サイン書いて貰お))」」


 そんなこんなで、カガミと桃のファミレスでの密会は悲喜こもごもの結果を残して終わりを迎えた。

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