2話 カガミは人気者

「ねえ、今日のMステ見る?」

「そりゃ見るでしょ。だって今日はカガミが出るらしいから」

「だよね! めっちゃ楽しみ!!」


 カガミという芸名を使って音楽活動している日陰鏡也は、17歳。つまり学生である。

 最も最近はもっぱら仕事が忙しくサボりがちではあったが、今日の仕事は夕方に会場に向かえば十分間に合うMステだし、だからこそ学校には二日ぶりに登校したのだが


「(憂鬱だ)」


 それもこれも全ては、鏡也の右斜めの席に座る女子――四谷美緒のためである。


 昨日、鏡也は今までの四谷のカガミ好き好きアピールに勘違いし、こりゃイケるやろと思ってした告白がトラウマレベルの大爆死を迎えてしまった。

 愛の告白というのは恐ろしいもので、失敗すれば人間関係が壊れるし、もっぱら成功しても別れたらその時点でやはり人間関係が崩れる。


 そして高校生の恋愛が長続きするだなんてまずあり得ないから要するに告白は、失敗して即刻人間関係をクラッシュするか、成功してじわじわと人間関係をクラッシュするかの二択しか生まない実に業の深い行為なのである。

 要するに、十数年来の付き合いがあり、なんだかんだ学校に行けるときは毎回一緒に登校していた幼馴染みともう二度と関わることが出来ないのである。


 尤も、鏡也としてもオフタイムの自分を「生理的に受け付けつけないキモメン」とか思っているやつと関わりたいなんてこれっぽっちも思わないけど。


「(こんな落ち込んでるときこそ、いつものカガミ好き好きコールが聞きたくなるなぁ)」


 はぁ~。これでもかと言うほどがっつり褒められたい。ちやほやされたい。


 そんな俗っぽいことを思いながら、はぁ”~~~と陰鬱なため息を吐き捨てる。


「ちょっと、囚人! 気分悪くなるから、朝から変なため息吐かないでよね」


「あぁ、ゴメン。あ、その……そうだ。カガミ、好きなの?」


「え? うん。ちょー好きだけど何? 囚人も好きなの?」


 日陰といういじりやすい名字があるにも拘わらず、鏡也のあだ名が囚人なのは宿泊学習で持って行った私服が黒白ボータ―の囚人服みたいな私服を持って行ったから――だと鏡也は思っているが、その実、美緒がキモいよね~と良いながらその呼び名を浸透させていた。


 閑話休題。

 とにかく褒められたい気分だった鏡也は偶々話しかけてきた女子に、しどろもどろになりながらもカガミの話題を振った。


「うん。まぁ」


「へぇ、ど、どれくらい聞くの?」


「まぁ、そりゃ……毎日10~20曲は」


「そ、そんなに!?」


 それくらい聞かないと細かい音程や歌詞を忘れてしまいそうで不安なのである。

 自分で作ったんだから覚えてるでしょ、と思う人も居るかもしれないが、実際は作っている過程で出てきたボツの譜面や歌詞まで覚えているせいで、うっかりしてると間違えそうになるのだ。

 だからとりあえず、仕事で歌いそうな歌を重点的にローテーションしてるのだが……


「へ、へぇ。やるじゃん。ちょっと囚人のこと見直したかも。その……名前、なんて言ったっけ?」


「日陰鏡也」


「へえ。鏡也。じゃあ今度から鏡也って呼ぶわ。ねー聞いて、鏡也ってさぁ毎日カガミの曲二十曲聴いてるらしいよ」


「鏡也?」


「囚人」


「あー、マジ? 今まで小汚いとか思ってたけど私ちょっと見直したかも」

「偉いよね、毎日二十曲なんて。意外」

「私も今度から囚人ってよぶのやめよ」


 ……。やべーな、カガミ。

 このクラスだとカガミの曲を聴いてるってだけでこんだけ扱いが変わるのかよ。

 人間関係チョロすぎだろ。


 鏡也は少しだけ、元気になった。



                     ◇



 Mステ。

 今この国でキているミュージシャンたちが歌ったり踊ったりする、生放送番組である。


 鏡也はあまり音楽番組を好き好んで見るタイプではなかったが、生放送と言うこともあって出場は初めてでないにしろ、それなりに緊張していた。

 なにせ生放送だからな……。


「(さて。今日はどんな奇抜な登場をしてやろうか)」


 初回登場時は、スケボーに乗ったままバック宙をしようとしたけど、スケボーがすっぽ抜けて観客席の方に飛んで、危うく大惨事になるところだった。

 幸いファンの人が上手にスケボーをキャッチしたお陰で、ちょっとデンジャラスなファンサービスで済んだが……


 今日は上着の背中にサインでも書いて、客席に投げるか?


「カガミさん。なにを企んでるのかは知りませんが、初登場の二の舞だけにはしないでくださいよ? あれ一歩間違えば大問題になりかねないんですから」


 おっと、釘を刺されてしまった。

 流石マネージャー。鏡也のことは理解ばっちりである。




                        ◇



「へえ、今日はカガみんも来てるんだ。珍しいね、いつもそそくさと帰って行くのに」


 どんな番組でも、収録が終われば大体打ち上げのような集まりが開かれる。

 本来、仕事が欲しいと思うのであればこういう打ち上げにこまめに顔出しして偉い人たちに顔と名前を覚えて貰う必要があるのだけど、今までカガミは幼馴染みとの夜電話の時間を確保するために早々に帰っていた。


 今となっては帰る理由もない。

 それに、心に出来た虚を慰めるにはこういう場でパーッとするのが一番だとも思った。


 そんなこんなで珍しく打ち上げに訪れた鏡也――今はカガミ? に話しかけたのは、ピンクのミニスカドレスに身を包んだ、ゆるふわウェーブの茶髪の美少女。

 今人気急上昇中のアイドルグループ『世紀末シスターズ』のリーダー、香月桃だった。

 香月桃!? なんでこいつが? って言うかカガみんってなんぞ!?


「……今日はそう言う気分だったから」


「じゃあ、以降も中々捕まらない可能性の方が高いって訳だ」


「それはどうか解らんけど」


「ねえ、どうせ私たちお酒飲めないし。ここを出て、二人っきりでお話ししない?」


 二人っきり。大丈夫なの? アイドルでしょ??

 俺と二人っきりで会って、しょうもない週刊誌の餌食にでもされたら……。

 いや、あそこから得られる情報を信じるリテラシーのないやつがどれほど居るかは知らんけど。


「いや?」


「いや、嫌じゃない。俺も香月さんとは一度お話ししてみたいって思ってたし」


「桃で良いよ。芸名だしね」


「解った。桃」


 そんなこんなで俺は、人気急上昇中のアイドルグループのリーダーと二人っきりで密談することになった。

 

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