「カガミくん(←超人気ヴォーカリスト)しか愛せないから」と幼馴染みに振られた~その正体、実は俺なんですが~

破滅

その正体は、超人気のヴォーカリスト

1話 カガミくんは俺なんですが

「好きです! ……その、付き合ってください」


「私、カガミくんしか愛せないから」


 もの心着いたときにはすでに隣の家の住民で、十数年来の付き合いがある幼馴染み――四谷 美緒。

 しかし日陰 鏡也がその幼馴染みに対して「恋している」という感情を抱いたのはつい最近のことだった。


 ただ、その時すでに美緒はカガミという大人気ヴォーカリストの熱狂的な信者となっていた。


 いや、だからこそ鏡也は美緒のことが好きになったと言えるのだが……。


「(あれ? もしかして美緒はカガミが、俺が音楽活動しているときの名前だって気付いてない?)」


 確かに、鏡也は自分がカガミって芸名を使ってヴォーカリストをやっていることを努めて隠している。

 それは「身バレすると日常生活が不便になるほどに目立つから」という理由もさることながら、純粋にそういうことを吹聴して回るのが恥ずかしいと言う気持ちがあったからだ。

 紅白の舞台にも立ったことがある癖に、シャイなのである。


 しかし鏡也は、てっきり自分の正体が美緒にだけは言わずとも気付かれているものだと思っていた。


 美緒は鏡也が音楽活動を始めて間もない頃から、カガミのファンとなっていた。

 いち早く、カガミの存在が世間に知れ渡る前からファンとしてオタクとして、身近に居た鏡也には事あるたびに「この前のライブのカガミめっちゃかっこよかった!!」「この新曲マジで神! 脳が蕩けた」「あぁ、カガミと結婚したい!」とカガミに対する猛烈で熱烈な愛を伝え続けていた。


 それは、鏡也の事情――「正体がバレて目立ちたくない!」という思いを汲み取って、あえてオタクが身近な人に推しを布教する風を装って、カガミの魅力を語って鏡也を励ましているのだと思っていたが……。


「(まさか本当にオタクが身近な人に推しを布教しているだけだったとは……)」


 まぁ、それでも構わない。

 スランプに陥ったとき、辛いことがあったとき、なんとなくやる気が出ないとき。こっちの事情なんてお構いなしに、これでもかと言うほど語ってくれたカガミへのラブコールがどれだけ嬉しく、救いになったことか。


 正直、ガラスのハートを持つ鏡也がここまでやってこれたのは、いつでも美緒がカガミを褒めちぎってくれたから。

 だから好きになったんだ。


「(ふふっ。美緒は気付いてないみたいだし、ここで俺が実はカガミでしたって言えばどんな反応をするかな?)」


 幼馴染みに「好きです! ……付き合ってください」と、シャイな鏡也が勇気を振り絞った告白して「好きなヴォーカリストが居るから」と振られれば、トラウマ級のショックを受けてもおかしくないところだが、鏡也の心はわくわくでいっぱいだった。


 なぜなら、好きな人の大好きなヴォーカリストの正体が自分自身だから。


「実は、俺……


「って言うかそれ以前に、鏡也は見た目キモすぎだし生理的に無理だから。とりあえず、告白するなら鏡見てからにしてよね? 二重の意味で」


 二重の意味。


 お世辞にも普段の鏡也の見た目は、格好良いとは言えない。

 ぼさぼさの髪。囚人服のようなだっさい私服。目に掘られた深い隈。生気のない顔。猫背。

 しかしそれらは、作詞・作曲のため。あるいはカガミとして活動しているときの疲労が、オフの時の反動として現れている見た目だった。


 確かにオフの鏡也はカガミと比べれば全然格好良くないし、それは鏡でなんども見てきたから自覚してる。

 それでも、他でもない美緒にそれを言われるのはショックだった。


「いや、俺がそのカガミなんだけど」


「はぁ!? ふざけないでくれる? 私がカガミくんのこと大好きって知ってるくせによりにもよってカガミくんを騙るなんて……」


「いや、本当に……俺が、カガミなんだ!」


 ガッ!!!!!!

 怒れる美緒の拳が、鏡也の頬を抉った。


「見下げ果てたわ! いくら振られたからって、カガミくんを騙るなんて。気分が悪い!! もう二度と私と関わらないで!!!!」


 殴られたこと。信じてもらえなかったこと。怒られたこと。完膚なきまでに振られてしまったこと。


 その全てが鏡也の心を深く傷つけ、鏡也は呆然としてしまった。

 がっかり。落胆。哀しみ。失望。

 心の中にぽっかりと空いてしまった空虚な悪感情が砂時計のようにさらさらと崩れ落ちていくような錯覚にさえ陥る。


「(美緒……俺のこと、生理的にキモいって、普段からそんな風に思っていたのか)」


 鏡也はずっと、美緒が自分のこと大好きなんじゃないかって思っていた。

 美緒は自分がカガミとして活動しているのを解っている上で毎日のようにカガミ好き好きの話をして、それは美緒なりの素直じゃない愛の伝え方だったんじゃないかって。


 あぁ、やっぱり十数年来の付き合いだ。隠そうと思っても、美緒にだけは隠し事が出来ない。美緒にだけは叶わないなぁと思って。

 毎日のようにカガミへのラブコールを聞かされていくうちに、鏡也もいつしか美緒のことが好きになっていた。


 自信をなくしたとき。苦しかったとき。必ず美緒が自分でも気付かないようなカガミの魅力を何百、何千と語ってくれて、その度に何度だって救われたのに。


 それら全てはまやかしだった。


 美緒がカガミのファンなのは鏡也だからではなく、その辺のジャニーズやヴォーカリストを推すような感覚で、それがたまたまカガミだったってだけのこと。

 美緒がカガミの話をしたかったのは、決して素直じゃない愛の告白ではなく、ただ誰でも良いから話したかっただけだったってこと。


 美緒が鏡也にもたらした救いは全て偶然の産物で、すれ違いの結果で。

 その中には鏡也への心などなかった。


 その事実がなんとも哀しく、空虚で


「あぁ、俺も美緒も。十数年来の付き合いだってのに、お互いのこと何も理解してなかったんだなぁ」


 そう思うと、今までの美緒に対する恋の炎が急激に冷めていくのを感じた。


 数時間。美緒に振られて惚け続けていた鏡也の心から、美緒の存在が霧散するようにかき消されていった。

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