4話 美少女JK作家夕凪柳

『おはよう。桃です。カガみん、これからよろしくね(>_<)v』


「んふふっ。んふっ」


 人気アイドルグループのリーダー、桃との密会の朝。

 あれ? 実は昨日の出来事は幼馴染みに振られ、傷心だった自分が生み出した実に都合の良い妄想のたぐいだったのでは? そうでもなければ、あれだけ意識していたアイドルのリーダーが態々向こうから俺に声をかけてくるわけがない。


 そんな不安と虚無感に目覚めさせられた鏡也は、スマホに届いていた一件の着信にニヤケが止まらなかった。メールもかわいい。

 歌も踊りも上手くて、作曲も出来るのに美少女とか反則かよ。


 そんなことを思いながら返信を考える。


「(うーん。折角連絡先交換したし、出来れば桃の自撮り写メの一枚くらいは欲しいな)」


 ……俺が自撮り写メを送れば、同調圧力であっちも送ってくるとかないだろうか。


 そんなセコい企みを思いついて、はたとそれだと普段のボサ髪、囚人服、深い隈の写真を送らなければならなくなる。

 実生活で撮れそうな自撮り写メに全くの自信がなかった。


 桃の自撮り写メは欲しいけど。なんなら待ち受けにするけど。

 自分の自撮り写メは、とても人様に送って良いようなものじゃない。はっきり言ってテロである。

 朝からショッキング画像を送りつけて、幻滅されるのも哀しい。


「(自撮りは……今度、オシャレな私服を買いに行くか)」


 全て同じ服で統一することで選択の回数が減り、脳への負荷が軽減され、その分リソースを作曲とかに割ける。

 アップル社の社長が、なんかそんなメソッドを語っていたのを真似て、自分も囚人服のようなださい私服で統一していたが……


 一着くらい、見れる服がないとこういうときに不便だ。

 不便にストレスを感じるなら、本末転倒。


 結局鏡也は、自撮り写真を泣く泣く諦めて「カガミです。こちらこそよろしくお願いします」とだけ返信しておいた。



                     ◇



「ねえ、昨日のMステ見た?」

「見た見た。カガミくんちょー良かったよね!」

「わかる! なんか昨日はコート脱ごうとしてちょっと体に絡まってたけど」

「それがお茶目で」

「「かわいかったよね~!!」」


「あ、おはよう。鏡也も昨日のMステ見た?」


「あ、うん。見た。おはよう」


 見たし、なんなら出たけど。


 昨日、カガミの曲を毎日十曲くらい聴いていると言った影響なのか今まではあり得なかったクラスの女子からの朝の挨拶。

 今日もクラスはカガミの話題で持ちきり。

 鏡也の教室内カーストもカガミ好きを匂わせただけでワンランク上がった気がする。


 最底辺から底辺に、だけど。


 すげえな、カガミ。一体何が良いんだろう。


 なんでカガミがここまで好かれてるのか、それが解れば完璧なファンサービスだって狙って出来るし、悩み事も減るんだけど。


「やっぱり、カガミって完璧で神だけど偶にああやってドジッちゃうところがギャップ萌えって言うの? 凄くかわいいよね」

「そうそう。その上で歌がめちゃくちゃ上手いから更にそのギャップに痺れさせられるよね」


 ネタにされてーら。

 って言うか何。カガミの魅力って、Mステで毎回放送事故を起こすことなの?


「(俺としては、ちゃんと格好良く決めてファンサービスしたかったんだけど)」


 いや、でも普通に歌が上手いところが評価されてるみたいだし。


「(……そもそも俺、歌上手いの?)」

 

 実際、カガミの歌は超上手い。大物歌手も嫉妬するほどに。


 しかしカガミは、他の歌手の歌声で感動したり全身が打ち震えたりしたことはあれど、自分の歌で上手すぎる! 神! って思ったことがなかった。

 自分の歌声を神って思ってる歌手が居るのかは知らないけど。


 そんなくだらないことをうんうん考えながら、今日一日カガミは幼馴染みのことを考えることなく、ぼんやりと学校が終わっていった。



                     ◇




「私の作品が映画化する? ほぅ」


「はい。どうしますか?」


「もちろん承りたいのです。どうしますか? とは、あまりいい話ではないのですか?」


「いえ、とてもいい話です。私としても是非やって頂きたいな、と」


「なるほど。では映画化承るのです」


 JKにして本屋大賞の受賞作家。しかも美少女。

 その話題性と最近増えてきたテレビへの露出の影響で大ヒット――いや、メガヒットとも言えるほどに馬鹿売れした彼女――夕凪 柳の小説は、もはや約束された出来事として映画化される。

 これだけ売れているのだ。

 原作者である彼女の希望は、多少無茶なものであっても叶えられるだろう。


 だから


「ただ、映画化するなら主題歌はカガミ様にやって欲しいのです」


「カガミ様?」


「はい。あの独創的なメロディ。蕩けるような神の歌声。天に溺愛されたとしか思えない抜群のルックス。それらが生み出す、他では絶対に代用がきかない唯一無二の芸術!! やるならカガミ様一択なのです」


 初めての映画化。ここまで一緒に頑張ってきた編集としても出来るだけ、柳の希望を叶えてあげたいという気持ちはある。

 でも……


「(カガミ!? あのカガミは流石に無理でしょう。ただでさえ売れていて忙しいというのに、学生の身分。その時間の取れなさは柳さんで十分身にしみている……)一応、声かけしてみますが……」


「一応じゃなくて絶対です! カガミ様じゃなければ、映画化の話はなかったことにして欲しいのです。私の処女作はカガミ様にしかあげたくないのです」


「そ、そんなぁ……」


 それにカガミは打ち上げとかに一切参加しないタイプ。

 芸能界で顔が広い人でも、カガミへのパイプを持つ人なんて限られているのに。OKがもらえなきゃ、映画化がなしなんて……!!


 編集は半泣きになりながら、カガミの事務所に電話をかけた。



                  ◇



「……っていう事情があったらしいんです。なんか編集者の人電話越しで泣いていたっぽくて可哀想でしたし、なんとか一曲書き下ろしてあげられませんか?」


「良いですよ。普通に」


「本当ですか? ……でも、あっちの原作者がですね。その……どうしてもカガミさんに会いたいとおっしゃっておりまして」


「原作者って……そもそも俺、なんの作品に曲を書き下ろすんですか?」


「あぁ、そうでしたね。『霹靂へきれきの蒼』って知ってますか?」


「霹靂! じゃあ、原作者って夕凪柳じゃん!」


「ご存じでしたか?」


「そりゃ、話題の高校生作家だからね。自慢じゃないけど俺、同年代の芸能人ジャンル関係なく全員知ってる自信があるから」


「ほぅ。それは凄いですね」


「そりゃそうでしょ。だって、同年代の人にだけは負けたくないじゃん」


「それは……男の子ですね」


「ええ。俺、男の子なので」


 放課後。鏡也はマネージャーと電話越しに話していた。

 そんでもって、今話題沸騰中の小説『霹靂の蒼』の主題歌を担当することになり、ついでに、話題の美少女作家夕凪柳に会うことが決定した。


 同じ高校生を担当する苦労を知るマネージャーは、泣きながら電話を入れてきた編集に「承ります」の電話を入れられることに心の底から安堵していた。

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