5話 美少女JK作家との対面

 鏡也が美少女JK作家、夕凪柳のことを知っていたのは何も「同年代の芸能人だから」と言うだけではない。


 確かに鏡也は同年代以下の人には負けたくない! という気持ちが人一倍強くある。

 しかしそんな鏡也が『天才現る! 美少女JK作家夕凪柳』の見出しと、写真を見たときに最初に抱いた感想は「あぁ、この人有名人だったんだ」である。


 それはつまり、以前から知っていたと言うことになるが……


「はぁぁぁ。か、カガミ様!! な、生カガミ様ですよ!!!」


「そうですね。って言うか、柳さんはいつも最前列で見てるんじゃ……」


「違うのですよ! 最前列で見えるライブのカガミ様も最高に神なんですけど、こうして私のために会ってくれるカガミ様というのはもう何というか、何というか、やっぱり神なんですよ!!!」


 鏡也がマネージャーと共に待ち合わせ場所に向かうと、本当にプロの作家なのか? そんな語彙力で編集屋にやばいです。やばいのですよ、と黒髪ロング色白の美少女が鏡也の方へテンション高めに編集者の腕をぶんぶん振り回していた。

 鏡也が柳に対して最初に抱いた印象。それは……毎回ライブの最前列に来てくれる人、だった。


 カガミとしても曲を書き下ろすなら、自分の曲を好いてくれている人に下ろしたい。


 最悪なのは「なんとなく売れてるから」って理由で呼ばれた挙げ句に「思ってたのと違った」と勝手に難癖つけてくるやからである。

 こう言う輩は、どの業界にも一定数居るが。


「ほ、本日はよろしくお願いします」


「はぅ! 生カガミ様のよろしくおねがいします。あはぁ、神……」


「(や、やりづれえ!)」


 今日の(打ち合わせという名目になっているが、実質お見合いの)対面に、不安を覚える鏡也。

 限界化した柳の対処に困り、申し訳なさそうに頭を下げる編集。

 良いですよ、と編集に少しシンパシーを感じてる風のマネージャー。


「(いや、流石に俺はそんなに迷惑はかけてないだろ)」

「(Mステの放送事故……)」

「(うっ……)」


 アイコンタクトでの抗議をマネージャーに送るもあっさり返り討ちに遭う鏡也。


 そんなこんなで美少女JK作家、夕凪柳と所謂時の人であるカガミの対面が始まった。



                    ◇



「コーヒーと、チェイサーを」


 マネージャーと編集者が、カガミと柳の打ち合わせ場所に選んだのは古めかしい喫茶店。

 今日は仕事と言う名目で来ている以上、いつもの囚人服ボサ髪スタイルではなく、ちゃんとした出で立ちで来ている鏡也は折角のアイスコーヒーを別のコップに移して、水で薄めて飲んでいた。


 ファミレスのコーヒーならいざ知らず、喫茶店のコーヒーは苦くてとても飲めたものじゃない。


 鏡也はファミレスのアメリカンコーヒーなら薄めずに飲めるのだ。

 だから自分は桃よりも子供舌じゃない。などとよくくだらないことを考えて薄めたコーヒーを飲む鏡也を見て


「(チェイサーなんて言葉で取り繕って、コーヒーを水で薄めるカガミ様神!!)」


 柳はかわいすぎると尊死していた。


「ところで、一応打ち合わせってことになってるけど……。ねえ、主題歌書き下ろし引き受けたのは良いけど、曲は基本的に感覚で作ってるからどうこうしてほしいって要望にはあんまり応えられないの知ってるでしょ?」


 一方鏡也はマネージャーにこっそりと耳打ちする。


「はい。それはえっと、編集の……」


「山上です」


「山上さんから説明されるから」


「えっと……音楽に関しましては、私も柳の方も専門外ですので完全にお任せいたします」


「じゃあまぁ、俺が勝手に霹靂の蒼の雰囲気に合いそうだなぁって思う音楽で良い感じですか」


「え? それってかか、カガミ様が私の本を読んでく、くださるってことなのですか!?!?!」


「そういうことなら、こちらから一冊お渡ししますね」


 そう言って、山上は鏡也に『霹靂の蒼』を一冊渡そうとして鏡也は受け取らない。

 そして、自分の鞄から『霹靂の蒼』を取り出した。


「その……なんて言うか、面白かったですよ。全体的に前のめりな主人公は笑えましたし、なんかこう活き活きしてて良いなぁって思いました。折角作者さんに会えるってことなのでサイン貰おうと思って、ちゃっかり持って来ちゃいましたね」


「ねえ山上さん。面白かったって!! 面白かったって!!!!!」


「解りましたから。解りましたから……。済みませんね。彼女、見ての通りカガミさんの大ファンで」


 テンションボルテージマックスで編集の腕をぶんぶんぶんぶん。

 あぁぁぁ、書いてて良かったぁぁあああああ!!!!

 柳はもう、本屋大賞貰ったときよりも何百倍も喜んでいた。


「(あれ? 俺、なんかやっちゃいました?)」


 ここまでアゲられるとやりづれぇ!!

 そんな内心を誤魔化すように、マネージャーに恍けたアイコンタクトを送ると苦笑交じりの時と目が帰ってきた。


「柳さん。柳さん。カガミさんがサインほしがってますよ。貴方の」


「はぁぁぁ。山上さん。これはきっと夢なのです。私の願望が生み出した妄想なのです」


「だとしても、サインは書いといた方が良いんじゃないですか? それに貴方、さっきまでカガミさんにサイン貰うんだって鞄ギチギチになるまでCD詰めてたじゃないですか」


「はっ! そうでした! カガミさん!! ぜ、ぜひサインを」


 鞄から、11枚(これでもかなり減らさせた)のCDを取り出す柳にさすがのカガミも頬が引きつる。


「……その。1枚で勘弁して欲しいところですが……サイン交換といきましょう」


 カガミと柳はサインを書き合う。

 結局カガミは11枚全部にサインを書いた。ファンサービス。


 あと、今回はただの顔合わせだったので特にこれ以上なにか話すでもなく、それぞれの連絡先を交換してお開きになった。

 と言うか今回の柳をみて、カガミとマネージャーは顔合わせしといて良かったぁと思う。

 打ち合わせの時に柳がこうなっていたら、大変だっただろうから。


 しかし、カガミは知らない。

 今回の一件で更にカガミを好きになってしまった柳が、霹靂の蒼の映画化に伴って、カガミにとんでもない災いをもたらすことを。


 そして柳も知らない。

 今後夜になる度に、カガミと会えた幸せな記憶と共に限界化し他でもないカガミの前で醜態をさらした黒歴史の羞恥に苛まれ悶え続けることになることを。

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