6話 役者デビュー

桃『おはよう。今日一日も良い日になると良いね!』


柳『おはようごさいます。昨日は取り乱してしまい本当に申し訳ないのです。カガミ様に会えてテンションが上がってしまったのです。どうか嫌わないで欲しいのです』


 メールが二件。

 朝から美少女二人からのおはようメールが届いているというのは、実にハッピーだ。

 あれ? もしかして俺にもモテ期到来か? そんな馬鹿なことを考えながら、桃には『おはよう。朝からメールが来てる時点で俺は結構ハッピーです』と柳には『おはようございます。柳さんはいつもライブの最前列に来てくれてますよね? あれくらいじゃ流石に嫌えませんよ(笑)』と返した。


「(メール返信って、結構悩むなぁ)」


 文章だと、同じ言葉でもイントネーションや表情でニュアンスを伝えることが出来ないから、どうしてもネガティブな誤解を生まないか不安になってしまう。

 と言うか、折角美少女二人とメール交換したんだしやはり一枚くらいは自撮り写メが欲しかった。


「(柳さんならワンチャン……。いや、どのみち俺の写メを送る必要はあるのか)」


 う~ん。流石に普段のボサ髪深い隈囚人服のクソダサスタイルを見られたら幻滅されるか。


 あそこまで好き好きやられるとやりづらいけど、幻滅されたらそれはそれでショックなのである。

 ファンには嫌われたくない。

 芸能人にとって尤も恐ろしいのは、純粋なアンチよりも、今まで熱心なファンだった人がある日突然アンチになって攻撃してくることだった。


 あれはマジで怖い。


 何で嫌われたんだろうって、凄く悩んでしまう。


 そんなこんなで、今日も美少女たちの自撮り写メを得られぬまま鏡也は学校に向かった。



                 ◇



『認知しといてくれたのですね? 嬉しいのです。その事実だけで私はあと三日は寝ずに頑張れるのです』


『毎日寝てください』


『心遣い感謝するのです。カガミ様もちゃんと寝て欲しいのです』


『もしかして、隈バレてた?』


『当然なのです。ファンの観察力を侮らないで欲しいのです』


 すげー。今度からメイクさんにもっと濃くして貰おう。

 そんなこんなで、休み時間、柳とメールでおしゃべりしながら中々に楽しい一日が過ぎていく。


 今日も、鏡也が幼馴染みのことを考えることはなかった。




                      ◇




 時は、カガミと柳が喫茶店で打ち合わせをした数日後。


 柳の小説『霹靂の蒼』の映画化が決まったので、早速制作陣との顔合わせが始まっていた。

 白い長机を取り囲んで、監督、柳、編集者、その他映像スタッフや脚本家が座っている。


「あの。キャストはオーディションで決めることは承知しているのですが、主演に関しては希望があるのです」


「ほう。希望とは?」


「今回、この霹靂の蒼の主題歌を書き下ろしてくださるカガミ様。彼こそ主人公が憧れるミュージシャン『キョウ様』の役に相応しいと思うのです」


 ざわ……。ざわ……。

 会議場が一気にざわめく。


 それもそのはず。天才JK作家夕凪柳。彼女が手がける小説霹靂の蒼は要約すれば、ミュージシャンの追っかけをしている少女、蒼がひょんなことからそのミュージシャンと恋に落ちてしまう物語である。

 そして、柳がカガミの大ファンであることを知るものは、そのミュージシャン『キョウ』のモデルが、カガミであることが解ってしまうのである。


「なるほど。主題歌をつとめる歌手が主演の映画」

「流石本屋大賞受賞作家。やはり若いと発想が自由ですな」

「ええ。なんて斬新なアイディア。これは来ますよ!!」


 なお逃げ恥……。


 しかし、原作ありきの作品のモデルがそのまま役を演じるなんてそうそうあることではないし、原作者がそれを想定して書いたのであれば、これ以上のはまり役は居ないだろう。

 唯一の問題を挙げるとすれば……


「あのカガミくんが役者なんて引き受けてくれるのかね?」

「いや、そもそも彼は演技なんて出来るのか?」

「表現力も声も持ち合わせる彼なら、素質はあるでしょう」

「それにルックスもそんじょそこらの俳優じゃ比べものにならないほど良い」


「とりあえず、マネージャーに連絡してみるかね」


 監督が自らカガミの事務所のマネージャーに連絡する。

 監督は、カガミのマネージャーとの大学時代の先輩後輩の関係にあった。


「――と言うわけで、主演はぜひカガミくんが良いとね。私もそうだが、これは原作者たっての希望でもあるんだ」


「なるほど。監督が先輩で、原作は話題の本屋大賞受賞作品。脚本家もかなり大物ですし……なるほど。やってみましょう! そろそろカガミには音楽以外のことにも挑戦して欲しいと思ってたところなんですよ!」


「と言うことは」


「是非、やらせてください!! カガミは必ず私の方で説得しますので」


「――と言うわけだ。主演はカガミで決まった」


「おぉ!!」


「っったぁぁあああああ!!!!!!」


「良かったですね、柳さん」


 主題歌を書き下ろすカガミが主演。話題性もバッチリ。ルックスもバッチリ。しかもこれ以上ないはまり役が確定している。

 監督も脚本家も、心の底から「これはイケる!」と確信している。

 柳も、主演が一番望ましいキャスティングになってもう思い残すことはないといった表情をしていた。


 そう。もう、全員の心が満場一致で主演はカガミ以外あり得ないと考えているのだ。


 そしてマネージャーも、この機会をみすみす逃すつもりなど毛ほどもない。


 つまり、このときすでにカガミの俳優デビュー。主演デビューは決まったも同然なのだ。

 これこそ、柳がカガミを好きすぎるあまりカガミにもたらした災厄であった。



                       ◇



「え? 俺が主演? なんで? ムリムリムリ!! 知ってるでしょ? 俺、演技とか完全に素人だからね? 流石に映画の主演は荷が重すぎるって!!!」


「知ってますか? どんな名優でも最初は初心者なんです。何事も初めてを恐れてはいけませんよ?」


「いやいやいや、どんな名優も最初は脇役から始めるでしょ! ……どうすんの? 折角の映画を俺のヘボな演技でぶち壊したりしたら」


「大丈夫です。撮影は半年後からですし、それまで演技を手取り足取り指導してくれる手はずになっていますから。それに……カガミさんが演じるキョウのモデルはなんとカガミさん本人だそうです。なんなら普段通りしてるだけで完璧な演技になるはずです」


「それはどうなの? ……って言うか、あのキョウって俺がモデルだったの?」


「気付きませんでした?」


「いや、気付かないよ! キョウって霹靂の蒼の中では完全に最強キャラだからね? やたらと格好良くて歌もちょー上手いのに、偶に抜けているところがあって憎めないところもあるし。あんなの現実にいるわけないじゃんって感じのキャラだったじゃん」


 ファンから見るカガミの印象は、大体そんなもんである。


 が、カガミはさして自信家な性質ではなかった。

 寧ろ、毎度毎度「この曲はしょうもないのではないか?」「この程度で良いのか? 俺はもっとやれるはずなのに」と自分の力量不足に歯がゆい思いをしているタイプなのである。

 だからこそ、出す度に曲がどんどん良くなっていくのだが……。


「それに柳さん、カガミさんが主演で良いって監督とかが乗り気になったとき凄く嬉しそうに叫んでましたよ。ここでカガミさんが断ったら泣いちゃうんじゃないですか? 彼女」


「うっ……、ここでそれ言うの卑怯じゃない?」


 カガミは常にファンの期待には応えたい。そんな気持ちを抱えて生きている。


 故に天才的で圧倒的な才能を持ちながら、多くのファンからの莫大な期待を思うとどうしても自分の曲のクオリティーに満足がいかなくなるし。

 役者なんてやったことなくても、やってみなきゃと思ってしまう。


「解りました。承ります。……はぁ。本当に、どうなっても知りませんよ?」


「大丈夫です。全ての責任は私が取りますから」


 マネージャーがそこまで言うのなら、カガミとしても頑張らねばなるまい。


 こうして、カガミの映画主演デビューが完全に決定したのだった。

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