7話 ヒロイン役の女優

 カガミの映画主演デビューが決定して数日が経った。


 メールにて10日後には桃と会ってコラボ曲の話をする約束を取り付けたり、柳が「カガミ様が主演になってくれて嬉しいのです」という旨のメールを送ってきてくれたり。

 カガミは一度柳に対して「演技経験がないけど、本当に俺で良かったの?」と抑えきれない不安を軽く吐露した。すると長文で要約すれば「カガミ様が良いのです」というメールを返してくれたから、流石に俺なんかで良いのかだなんて卑屈なことは言えないが……。


「不安だ。やっぱり、初映画で主演は荷が重すぎるだろぉ……」


 優秀な監督、面白い原作、一流の映像スタッフ。

 キャスティングも今キテいる人たちばかりの中で、カガミ一人の演技が下手で映画をぶち壊してしまえば目も当てられない。

 カガミ自身、たった一人の演技力のせいで面白さが9割方削がれた映画をいくつか知っているからこそ、なおさら不安だった。


『今日空いてますか?』


「あ。マネージャーからメール」


『なんですか? 場合によっては学校に休みの連絡を入れるんですけど』


 その返事は、今までのカガミではあり得ないことだった。

 今までのカガミは、仕事よりも想い人であった幼馴染みとの時間を優先して、学校を休むなどまずありえないことだった。


 でも、今となってはその幼馴染みも関係ないし、別に高校生活自体めちゃめちゃ楽しいというわけでもない。なんなら、社会性に自信がなく音楽活動以外で将来的に就きたい職業があるわけでもないから、もはや学校に行く意味自体そんなになかったりするのだ。


『大丈夫です。今日は17時に私の方から学校へお迎いに上がりますね』


『承知』


 カガミのマネージャーは珍しいこともあるもんだと思うと同時にほくそ笑む。


「(学校、休んでくれるんですか。だったらあの仕事とあの仕事を……。いえ、入れすぎてへそを曲げられても困るのでとりあえず様子見で……)」


 ただでさえ才能があるカガミに場数が伴えば、それはもう最強なのではないだろうか?


 マネージャーはまだまだ天井知らずのカガミの将来性に、胸がドキドキしていた。




                       ◇




 マネージャーの車に乗せられ、制服、ボサ髪、隈というオフモード状態のカガミが向かった先にいたのは『清楚』をそのまま具現化させたような美少女。

 年齢は23歳で、カガミからすれば相当年上なのだがそんなことなど一切感じさせないほどの圧倒的なオーラを伴った美人がいた。


「あ、撫子さん。何かお仕事でこちらに?」


「……今日はお姉ちゃんって呼んでくれないの?」


「よ、呼ばないですよ」


 気恥ずかしいし。なにより血縁関係もない。

 この人――今最も熱い女優の一人である、青井撫子が何かのバラエティだったか音楽番組だったかで「カガミくんは弟みたいなもの」みたいなことを言ったせいで、テレビのノリ的に「お姉ちゃん」って呼んだらいたく気に入ったらしくそれ以来プライベートでもお姉ちゃん呼びを強要されるようになったのだが……


「む。まぁとりあえず、そのだらしない格好はどうにかして。お姉ちゃんが手伝ってあげるから」


「撫子さんはお姉ちゃんじゃないし、自然な流れで更衣室に入ってこようとしないでもらえます!?」


「お、お姉ちゃんじゃない……うっ、グスン」


 白々しい演技なのにも関わらず、ご丁寧に涙だけは浮かべている。

 流石売れっ子女優。こんな寸劇でもクオリティは高い。


 はっきり言って、撫子ほどの美人が流す涙はあからさまな嘘だと解っていても有無を言わせぬ暴力的な力を伴っていた。


「うぐっ。解りましたよ、お姉ちゃん。お願いだから準備が終わるまでそこで待ってくれます?」


「勿論よ♪ あ、でも鏡也くんは弟みたいなものだしタメ口で構わないわよ?」


「あー、もう! 解ったよ、お姉ちゃん」


 やけくそ気味にそう言って、オンモードに切り替える。


 鏡也はどこまでも、撫子に弱かった。

 それもそのはずで、同じ事務所の先輩でありながら人気が出る前から凄くお世話になった人でもあるのだ。幼馴染みLOVEで打ち上げにもほとんど顔を出さなかった頃の鏡也でさえ、撫子の誘いは基本的に全部断らなかった。


 ただ、それでも年頃の男子として、素面で撫子ほどの美人さんを「お姉ちゃん」と呼ぶのは抵抗があるもので。


「(いい人なんだけど、苦手なんだよなぁ……)」


 なんか調子狂うし。


 そんなこんなで着替えて、髪の毛と隈をメイクさんにちゃんとしてもらって……もらって……。


「撫子……お姉ちゃん。メイクさんは?」


「私がやりたいって言ったら是非どうぞって譲ってくれたわ♪」


「メイクさーん!?」


 何やってんだよ。職務放棄だろ。鏡也はそんなことを思いながら、もはやいつものことだと諦める。

 相変わらず、冷たくて柔らかい手だ。髪を梳かれる感触が、隈消しの化粧の触感が無駄に心地よくて、喉の下をなでられた猫のようにリラックスしてしまう。


「そう言えば、お姉ちゃんは何でここに?」


 そもそもカガミはマネに「時間ありますか?」と聞かれただけで、何のためにこの場まで来たのかすらよくわかってないのだ。撮影ではないっぽいけど


「ほら、鏡也くん映画の主演決まったみたいじゃない? でも、鏡也くん初めての演技で不安みたいだから私がコーチすることになったの♪」


「コーチすることになったの♪ って……ええ!? 撫子さんがするの!?」


 演技指導してくれる人を用意してくれるとは聞いていたが、普通に指導を専門にしてる人を呼ぶものだと思っていた。


「お姉ちゃん……」


「お、お姉ちゃん。い、忙しいだろうに。大丈夫なの?」


「大丈夫よ。主人公……と言うか、蒼役は私だしね!」


「(へー。蒼がお姉ちゃんならちょうど良……)」


 いやいやいや。確かに、本屋大賞受賞の小説が映画化。その主役が今一番人気の女優である撫子さんなのは不自然じゃない。

 人見知りなカガミとしても、相手が見知った相手の方がまだ自然な演技が出来そうではあるが……


「そう言えば。霹靂の蒼って最後の方、結構エッチな感じになるけど脚本ではどうなるのかしら? まぁキスシーンくらいで止めるのが妥当って感じかしら?」


 カガミは、耳がかぁっと熱くなるのを感じる。


 思い返せば、霹靂の蒼は憧れの大スターキョウと結ばれた主人公『蒼』はかなりいちゃいちゃし始めるのだ。どこまでやるんだろう……。それを撫子さんと?

 うわっ、やべえ。ハズっ!!!


「あら。鏡也くんって意外と初?」


「う、うるさい」


 メイクが終わり、髪も整ったカガミはいったん撫子から距離を取るために、ずかずかとメイク室から出て外の空気を吸った。

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