41話 それぞれの報い
霹靂の蒼の撮影が終了して数日後。
鏡也の家には引っ越し業者が来ていた。
……住所が漏れたり、電話番号が漏れたり。大変なことにはなったものの被害と言えば精々毎日郵便ポストパンパンになるまで手紙や差し入れが送られたことと、同級生が偶に家に来たことくらい。
全国のカガミファンのモラルが良かったのか、それとも日本人のモラルが良かったのか。
不幸中の幸いと言うべきか、手紙とか髪の毛入りの差し入れがポストに入っていた以上の迷惑行為をする人は現れなかった。
でもまぁ、漏れたのは二週間ほど前の話だ。
これからよからぬことが起こらぬとも限らないし、それに、郵便物がポストにいっぱい入ってくるのも気持ちが悪い。
故に引っ越すことにしたのだ。
3LDK。一部屋3000万円くらいのマンション。
鏡也のポケットマネーで買った。
あぁ、あと。
鏡也はもう、今日から高校生ではないのだ。
引っ越すにあたって、今朝、鏡也は学校に退学届を出しに行った。
学生を辞めて不安はある。
もうちょっと高校生でありたかったとも思う。
でも、それ以上にもうあの学校には行きたくない。
それに、鏡也はもう俳優だってこなせるマルチプルな一流ミュージシャンだ。
学校なんて出なくったって、鏡也なら、カガミなら芸能人としてちゃんと一生食べていけるだろう。
現時点で、マンション一つポンと買えるくらいには稼いでいるしね。
最悪、食っていけないならのたれ死ぬだけ。
そう思うと、頑張ろうと思えてくる。それに、不思議と気持ちは軽かった。
学校に行けないのは寂しいけど。それ以上に、今が楽しい!!
◇
そう言えば、鏡也が不良たちに殴られた一件に関しては示談となったらしい。
加害者の方もまだ学生で未成年と言うこともあるし、事務所としてもカガミが事件に巻き込まれたとしてマスコミに騒がれてカガミの負担になるのは本位じゃない。
だから、示談。
話し合いで済ませて、暴力事件の話は内密にしましょうってことで片が付いた。
不良たちは5人グループだったが、一家族当たり2.4億円の示談金で事務所は許してあげると決めたらしい。
2.4億……5家族だから12億。一般人の生涯年収が2億前後であることを考えるととんでもない額ではあるが、カガミがもたらす経済効果は全治一週間の怪我だけで12億くらい軽く動く。
テレビ番組一つとっても、スポンサーとなる企業はいくつもある。
映画の撮影日程がずれればそれだけ多くの企業にも迷惑が掛かるし、五日間。本来なら鏡也は全ての日で一本以上は仕事があった。
だから、12億でも安く済ませてあげたのだ。口止め料であり、慈悲である。
また、カガミ暴行事件はマスコミに取り上げられないように事務所がもみ消してくれたが、しかし、その情報はそれなりに行き渡る。
それこそ、カガミの怪我によって少し割を食った大企業。それに伴う縦横の繋がりがある企業。
それに関係する大きめの大学。
あとは鏡也の通っていた高校がある付近の企業や、大学。
ニュースで騒がれなかっただけで、鏡也の通っていた高校に通う生徒は、カガミになにをしたかしてないかに関係なく、その高校に通っているってだけで進学、就職に不利になってしまった。
そりゃそうだ。
カガミほどの有名人を殴るような考えなしのバカがいる高校。
そんなバカが組織に入ればトラブルメーカー以外の何者でもない。故に欲しくないだろうし。
それに鏡也の事務所が各方面に圧力をかけたってのもある。
事務所としても、ここで甘い対応をして鏡也だけでなく撫子などほかの所属している有名人が被害に遭えば溜まったもんじゃない。
故に大金を使って圧力をかけた。
企業や大学としても、特に有用な若者がいるわけでもなければ偏差値が高いわけでもない高校よりも、超有名人を二人抱える事務所と仲良くしたいだろう。
そんなこんなで、裏で大きな力が動きつつカガミ暴行事件は、鏡也の通っていた高校の生徒全員が進学、就職でものすごく不利になる。
また殴った不良本人が退学になり、その家族が2.4億円の賠償金を背負うと言うことで幕を閉じた。
鏡也は知らない。
自分が殴られたことで何百人もの人生が狂ってしまったことを。
殴った不良グループの家に、進学就職で不利になったと知った生徒たちから石を投げられるようになったことを。
鏡也のあずかり知らぬところで、鏡也を貶めた人たちは報いを受けていく。
彼らはあるいは、カガミの音楽を聴く度に。自らの過ちを思い出すのだろう。
◇
暗い部屋。光の差さない部屋に、美緒は引きこもっていた。
鏡也が学校に来なくなって。また来て。カガミだと打ち明けて。よくわかんない女の子たちにちやほやされるようになって。
それで、鏡也が殴られて。また学校に来なくなって、全校集会が開かれて。
先生が、先の暴力事件の一件で就職や進学で不利になると言った。
鏡也と同じ二年生は兎も角、一年生と三年生の大半は鏡也のことなんてちっとも知らないので完全なとばっちりではある。
だがしかし、先生はお前らのせいだと怒鳴っていた。
曰く、いじめに荷担していた奴も見て見ぬフリをしたやつも同罪だと。
……なら先生も同罪ではないのか。
そんな疑問を持ちながら、不満を持ちながら。
進学に、就職に不利になると聞いた生徒たちは怒り、絶望し、鬱憤が溜まった。
その最たる原因である不良たちは既に退学処分が下っており、向けようのない怒りの矛先はやがて鏡也がカガミの正体であると打ち明ける原因になった美緒だった。
美緒のせいだ。美緒が余計なことを言わなければ。
女子たちは自分がカガミに過度なアプローチをしていたことを棚に上げ、美緒を責める。男子も、自らの行いを顧みず、美緒を責め立てた。
そして美緒は、学校に行けなくなった。
暗い部屋。美緒はもう何週間も引きこもっている。
鏡也のように、美緒にはこれと言った武器もなく稼げる手段もなく生きていく算段もない。
あるのはひたすらな絶望。
「一体、私はどこで間違えちゃったのかな……」
生まれたとき。小学生の時。中学生の時。高校生の時。
思い返されるのはあの日、鏡也が勇気を出して美緒に告白したあの日のこと。
「どうして私は、断っちゃったんだろう」
例え、鏡也がカガミくんじゃなくても。美緒の話を一番よく聞いてくれたのは鏡也だった。
小さいときからずっと、美緒と一緒にいたのは鏡也だった。
美緒はまだ、カガミくんが好きだ。大好きだ。
でも、それ以上に鏡也という人間の存在がどれだけ美緒にとって大切なものだったのか、思い出した。
「(鏡也に、鏡也に会いたい……)」
そして、謝って、仲直りして。
もう、恋人にだってなれなくていい!!
ただ、もう一度だけ友達になりたい!!
やりなおしたい!!!!!
美緒は数週間ぶりに部屋を出て、鏡也の家まで駆ける。駆け抜ける。
「会いたい、会いたい、会いたい――――!!!」
辿り着いた鏡也の家。
切れる息を整えながら、インターホンを押す。
……出ない。
インターホンを押す。
……出ない。
その作業を暫く繰り返して、いると一人の老婆が通りかかる。
「お嬢ちゃん。日陰さん家に用があるのかい? ……でも残念だったねぇ。日陰さんはもう先週か先々週だったかな? ……に、引っ越しちゃったよ」
「……引っ越し?」
「あぁ、聞いてないのかい? 友達だろう?」
聞いてない。美緒は急いで、携帯を取りだし鏡也に電話をかける。
暫くして
『お掛けになった電話番号は現在使われておりません』
……なん、で?
美緒の目から涙がこぼれ落ちていく。
迷惑電話が掛かるようになってきて、鬱陶しくなった鏡也は携帯も新しく買い換えてしまっていたのだ。
そして美緒の存在なんて忘れてしまっていた鏡也は、彼女に連絡先を教えることはなかった。
「どう、じて……」
涙がこぼれ落ちていく。哀しくて、寂しくて、辛くて。
美緒は後悔と自責の念と取り返しの付かないことをしてしまったことに、泣いた。号泣した。
美緒は見てなかった。
幼馴染みとしての鏡也を。
だから唯一の親友を。大切な人をこうもあっさりと失って。
もう、美緒の声は鏡也に届かない。
住所も電話番号も解らなくて。鏡也はもう、一流のスターにまで上り詰めてしまったから。
星はいくら強く煌めこうとも手は届かない。
届くはずにあったのに、もう二度と届かないのだ。
美緒は初恋も、初恋の人も、大切な友達も。幼馴染みの鏡也を失った。失ってしまったのだ。
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