36話 カガミは人気者(苦悩)
「鏡也ー。クラスの佐々木って人から電話掛かってきてるわよー!」
「出なくて良いー!!」
「本当に?」
「察して!!」
「解ったわ!!」
……家に帰ってきてから、何度目になるとも解らないこのやりとりにうんざりし始める。家電に6回。カガミのスマホに直接14回。手紙4通。
鏡也がカガミだとバレたのが昨日の今日――正確には一昨日の話で、既にこれだけ。
連絡先も住所も、誰にも教えた覚えがないはずなんだけど。
その昔、皆で連絡先を交換し合う流れになって「えー、囚人と? ないない」と交換を拒まれたから、なんとなく美緒以外の人は鏡也の携帯の連絡先を知らないはずなんだが……。
学校に二日行かなかっただけでこれなのだ。うんざりする。
「鏡也、また!! 今度は倉田さんって人から」
「知らない人!! 切っといて!!」
「解った!!」
それ以上に、家の電話がずっと鳴ってその度に母親に対応させてるのが申し訳なかった。今度は鏡也の携帯。
「(着拒、着拒……)」
鏡也は少し考えて、母親の元に行く。
「ねえお母さん。家電、光フレッツとAUからしか掛かってこないし電話線引っこ抜いて良い? うるさい」
「まぁ、鏡也がそれでいいなら良いけど……」
電話を掛けてくる人の大半は、鏡也がカガミだと知ったが故の好奇心やその人気にあやかりたいなどの下心たっぷりな電話である。
しかし、中には本当に鏡也のことを心配した友達が掛けて来た可能性だってある。
母親は鏡也が学校で一人も友達と呼べる人がいないことを知らないのである。
いや、うすうす感じているけど一人くらいは……と期待しているのかもしれない。
「それと、鏡也。……学校、これからどうするの?」
鏡也の正体がカガミだとバレて。殴られて、怪我をして。
昼過ぎ――学校が終るにしては早すぎる時間に家に帰ってきた鏡也から一番最初に事情を聞かされたのは母親だった。
一緒に病院に行って。診断書を貰って。
夜、仕事から帰ってきた父親は、傷だらけの鏡也を見て怒り、学校に文句を言うと言っていた。
その時は「多分、細かいことは事務所がやってくれると思うから」と宥めた。
両親には迷惑を、自分のことで負担を掛けたくない。
信頼していないわけでも頼りにしていないわけでもない。
それでも、両親には負担を強いたくない。
そんな子供心。
その思いの丈を打ち明けず、最近ようやく芸能人としての仕事に本腰を入れ始め、夜の帰りも遅くなることが増え、休日これまた芸能人の誰かと遊びに行くことが増え始めた鏡也を見て、母親も流石に色々気付く。
「……まだ、考え中」
「そう。でもこれだけは言わせて。鏡也。例え鏡也が学生でもじゃなくても、芸能人でもじゃなくても、私たちは変わらず鏡也の親だから」
学校を辞めると言えば心配もするし、多少なりとも反対をするかもしれない。
でも、辞めないなら辞めないで。苦しんでいる鏡也を見れば不安だし、心配もするし、辞めてしまえと言うかもしれない。
矛盾していて、でも鏡也のための思いは一貫している親心。
別に電話がうるさいのも、手紙が来るのも、夕方家に押しかけてきた女の子に「ごめんね。今、鏡也は留守にしてるの」と追い返すのも苦じゃない。
ただ、鏡也が辛そうに思い詰めているのが胸が張り裂けそうなほどに哀しかった。
「あ、でも……。俺、学校には友達なんていなかったから――なんならクラスメートの名前も殆ど覚えてないし。全部追い返してくれると助かる」
「解った……」
鏡也は、こう言うファンとのトラブルは――いや、彼らはそもそも鏡也のファンを名乗る資格はないだろう。
カガミが好き! と言う気持ちに酔って、鏡也のプライベートを侵食し、迷惑をかける。今まで仲良くもなかったやつに、いきなり家に来られても困るだけだ。
そんなモラルのない推し方をする人間はもはやファンではない。
寧ろ、カガミの価値を貶めカガミを傷つけるただの営業妨害。畑の野菜を侵食する害虫に等しいのだ。
勿論、そうじゃない人もいる。
いや、そうじゃない人の方が大多数だ。
大多数のファンはちゃんとライブに顔を出すことで本人に好きだと伝え、マナーを守りモラルを守り、誰にも迷惑を掛けずちゃんとオタ活をしている。
柳とか良い例だ。過激でちょっと行き過ぎな部分はあれど、鏡也や他の人たちに迷惑を掛けたことはない。
……そう言うファンの存在がなによりも心の支えなのだ。
「(まぁ、最近は柳はカガミファンってより友達って感じがするけど)」
◇
「お、お邪魔するのです……」
「あ、うん。いらっしゃい」
いつも以上にバッチリめかし込み綺麗な格好をしていたが、雨に濡れてしまってちょっとばっかり下着が透けてしまっている柳と、いつも通りのダサい私服でいつも以上に深い隈をしている鏡也。
「カガミ様、寝不足なのです?」
「ん? あぁ、まあ……ちょっとね」
「お疲れなら、私はもうお暇するのです……」
「いやいやちょっと待って! お暇しなくて良いから! 外、土砂降りだし。ちょっと待ってて!」
どたどたと風呂場に向かいバスタオルを持って、柳に手渡した。
びしょ濡れの服。白を基調とした服から覗く、水色の下着。
そんなことよりも、ちょっとやつれていた鏡也の表情のが気になって気付かなかった柳だが……。
「こ、これは……。お見苦しいものを見せてしまって申し訳ないのです」
「い、いや……」
寧ろ眼福だった。恥ずかしがっている柳の表情も相まってドギマギする。
「ま、その。なに? ゲームでもする?」
「す、するのです……」
どうすれば良いのか解らない。
でも確かに恥ずかしくて、気まずくて、ぎこちない。
本当にもう! もうっ!!
鏡也は柳に、このドキドキを悟られないように努めながら
「(欲を言えば、もうちょっとくらい照れて欲しかったのです……)」
本気で照れられたら、きっと柳は誰よりもテンパるだろうけど。
ちょっとだけそっけない鏡也に少し不満を持ちつつ、柳と鏡也の休暇は始まる。
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