34話 怪我休みは光陰矢の如く

 芸能人になる人間には二パターンある。


 一つは、お調子者や人気者――所謂陽キャが陽キャのノリのまま芸能界に入ったパターン。この手の人たちは、六本木とか歌舞伎町とか銀座とか。そう言った場所でウェーイな休日を過ごすし、ファンサービスも良い。

 ファンサービスが良すぎて時に、ファンと寝ることもあるほどだ。


 そしてもう一つは、何故か暗かったり人見知りだったりするくせに芸能界に入ってしまったパターンだ。

 人前でなんやかんやする仕事の割に、そう言った所謂陰キャな芸能人は意外と多い。特にミュージシャンや役者、漫才師だとネタを書いてる方など、芸術家な側面がある人にありがちである。


 そう言った人たちは、休日「○○さんですか?」とファンに話しかけられるのを嫌うし、そもそもお外で日の光を浴びるのもそんなに好きじゃなかったりする。


 何を隠そう、竜司も黒部も鏡也も。等しく後者のタイプ。


 芸能人の男三人が集まって、唐突に空いた午後。

 街を歩いたり、きらびやかなお店に入るでもなく。竜司の自宅のテレビの前で、ゲームをしていた。

 スマブラである。


「あれ? 俺のコンボがヤバいって、強すぎって意味だよな?」


「くっ、うぜー。ってかお前プリンの練度高すぎ。どんだけやりこんでんだよ」


「VIPで少々。あれ? 俺に勝てるやつ、いない?」


「黒部さん。ちょっとカガミのやつボコしてやってください」


「せやな。俺のクラウドでぼこぼこにしたるわ」


「まって、剣キャラは! 剣キャラはやめて!!」


 プリンはとてつもなく剣キャラに弱い。

 VIPで少々と調子に乗っているカガミではあるが、その実力はVIPに入った瞬間どとうの10連敗ほどをしてあっさり降格してしまうほどである。


 せいぜいエンジョイ勢の竜司にどや顔出来るだけで、ちょっと上手い人の剣キャラに対応できるほどの練度はなかった。

 今度は逆に3タテされて、竜司に散々煽られる。


 忌々しい。


 そんなこんなで、撮影中止になった日の午後。男三人竜司の家に集まって、ゲームをしていた。

 ……そう言えば鏡也は男友達と集まってゲーム大会なんて、小学三年生の時以来である。


 なんというか、スゴく楽しかった。


 遠慮なく煽るのも煽られるのも、勝った負けたで一喜一憂するのも。

 鏡也は怪我の痛みなんかすっかり忘れて、遊んだ。




                    ◇




 翌日。

 なんだかんだで、竜司の家でそのまま晩ご飯をご馳走になり、部屋で雑魚寝をした鏡也は朝ご飯を食べていると、


「そうだ。カガミ。今日あやめと会う約束してたけど、時間大丈夫なのか?」


 と問われて、気付く。


「大丈夫じゃない!!」


 どうしよう。格好はちゃんとしたもののほうが良いのだろうか……と思ったけど。仕事用の服以外で持っている服は白と黒のボーダーのシャツだけだし、メイクは……メイクさんなしで出来るはずもなく。

 つまり、ちゃんとしようと思ってもどうせ出来ないので諦めてラフな格好で行くことにした。


 ……あやめは殆ど関わりがなかった女性だ。


 飲み会の時ちょっと迫られたくらいで、撮影の時もあんまり話したこともない。

 ……流石に、女優としてのあやめは最近ドラマとか映画とかでよく見かけるし、撫子と共演してたやつは全部見た……と思う。


 なんにせよ、距離感のつかめない年上の女性と会うのはめちゃめちゃ緊張する。


「(幻滅されるほど、格好付けた覚えはないし……大丈夫、だよね)」


 竜司の家で遊んだままの格好で待ち合わせ場所に向かう。

 一応シャワーは浴びた。

 ……臭くないよね?


 そんなこんなで待ち合わせ場所に向かう。



                 ◇



 あやめとのデート。あやめ本人もデートと言っていた割に、それはあまりデートって感じがしなかった。

 待ち合わせ場所にいたあやめの格好は赤なのに決して派手ではなくむしろ地味なジャージ姿で、鏡也はいつもの白黒囚人服。


 いや、ある種往年のカップルになるとこんな感じなのかも知れないがカップルって雰囲気もない。


 あやめはスニーカーなのに、鏡也より少し背が高い。


 これは、あれだ。


「カガミくん。なにか食べたいものある? あったらお姉さんがなんでも買ってあげるよ?」


「え、悪いですよ」


「そう? だったら、私のことも撫子さんみたいにお姉ちゃんって呼んでくれると嬉しいな」


「いや……それは流石に」


 恥ずかしいから嫌だ。撫子相手でも結構恥ずかしいのだ。正直、他の人に知られたくない程度には。

 しかしあやめは少し勘違いして


「だよね。やっぱりカガミくんのお姉ちゃん撫子さんだけだよね。もし私のことをお姉ちゃんって呼ばせたら撫子さんに怒られるかも……」


 と。……でも実際、撫子は怒るだろうか?

 怒りはしないけど、むってなって鏡也がまた恥ずかしい思いをすることになりそうだと思った。


 ……ただでさえ、昨日思いっきり泣いちゃったから頭が上がらなくなってるのに。


「そうだ! 撫子さんと言えば、普段の撫子さんってどんな感じなの?」


「普段のって言われても、休日スゴく頻繁に会ってるわけでもないですし。あ、でも強いて言えば……」


 撫子は普段はちょっとだけずぼらっぽいところがある。

 いや、この格好でぶらぶらしている鏡也やあやめが言えた話ではないが。


 結論から言えば、あやめとのデートはひたすら撫子の話をするだけのデートだった。いや、もはやデートかさえも怪しい。


 ただ、あやめは鏡也が桃を――と言うより、桃が鏡也を意識するように、撫子を女優のライバルとして意識しているのだ。

 勿論、撫子は今一番人気の女優であやめはまだまだルーキーだ。


 でも、負けたくなくて。撫子のようになりたくて。撫子を超えたい。


 そんな負けず嫌いで、それでいて撫子のことが大好きなあやめの気持ちは鏡也も、スゴく共感出来るものがあった。

 鏡也自身、撫子が他の女優をライバル視しているという話は聞いたことがない。


 でも、鏡也も撫子にそんな話はしたことがないし。


「もしかしたら、おねえちゃ……撫子さんもあやめさんのことを意識しているかもしれませんね」


「ほ、本当に?」


「わかんないけど。少なくとも俺は、同い年以下のミュージシャンにだけは絶対負けたくないって思ってますし。撫子さんもそれは一緒だと思いますよ」


「弟の勘ってやつ?」


「って言うか、人間の性じゃないですか? あやめさんだって、年下の小娘に追い抜かれたら嫌でしょ?」


「確かに……」


 そんなこんなで日も暮れる。明日は柳と。明後日は撫子と。明明後日は桃と、用事がある。

 鏡也の休暇は光陰矢の如く流れていく。


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