29話 二人だけのミュージックビデオ

『映画のコラボ曲、いつ作る?』

『なるべく早いほうが良いよね。明日とか?』

『じゃあ、また桃の家集合?』

『あの時はスタジオ借りられなかっただけだから!! ……私の家が良い?』

『迷惑じゃないなら』

『じゃ、私の家に明日』

『了解』


「はぁ」

「はぁ」


 桃と鏡也は家のベッドに横たわりながら、その気分はどちらかと言えば憂鬱だった。


 監督の突然の思いつきで桃と鏡也はコラボすることになったけど

「「先約があるんだよなぁ……」」


 多分、この話が来たから桃と鏡也が個人的にやろうとしていたコラボの話は流れるだろう。

 でもやりたかった。そして先約があるんで出来ません! って断れればどれだけ格好良かったことか。


 でもそれは出来ない。


 このコラボは桃にとって、大きなチャンスである。


 映画のエンディングを作ったという実績は大きく、それも、今日本で一番人気のカガミとのコラボだ。話題性も大きい。

 霹靂の蒼の注目自体も大きいし、作れば間違いなく売れるだろう。


 それは桃にも鏡也にも解っていた。


 それに、あそこで断れば業界内でまことしやかに桃とカガミの不仲説が問われてしまうかもしれない。

 そうでなくても、皆桃とカガミのコラボに乗り気だったし、断って雰囲気を悪くするのも嫌だった。


 鏡也も、桃も。あそこで断って業界人から不評を買うのは避けたいのだ。


 自分への不評もあるけど、それ以上に相手への不評。

 自分一人だけなら断った。でも、桃のチャンスだと解っているから鏡也は断れなかったし、鏡也がやるって言ったから桃も断れなかった。


 それに、自己満足のためのコラボ曲なんて。大切に思っているのは自分だけかもしれない。そのために、相手のチャンスを芸能生命を天秤にかけるだなんて出来るはずもないのだ。




                    ◇



「来たよ」


「……いらっしゃい」


「おじゃまします……」


 久しぶりの桃の家。そこに備え付けられた簡易なスタジオ。

 ここに訪れるのは数週間ぶりだが、今の鏡也にはあの時のようなドキドキもなく。敷居をまたいだときに少しだけちくっと刺さる胸の痛みを感じる。


 そしてそれは、桃も同じ心情であった。


「監督、カガみんの曲をベースに私のって言ってたから……」

「やっぱり、一から作るしかないよね」


「「…………」」


 どういう風に作りたい? どんな感じにしたい? あーでもない! こーでもない!!


 この前は和気藹々と、これでもかと言うほど意見を出し合って白熱した感じになっていたのに、今回は「こんな感じで良い?」「んー、良いんじゃない?」と淡々と進んでいく。

 いや、このままだと中途半端な音楽しか出来上がらない。


 やる気がないのはお互いに明白で。それは間違いなく自分のせいだと思っている。


 でも……このままだと、カガみん(桃)は勿論、映画に関係している柳や撫子や黒部や竜司やあやめや監督や脚本家――色んな人たちに迷惑をかけてしまう。

 期待に応えられないのは最悪だ。寒いコラボになったら、映画が燃えてしまう。


「やっぱりさ。この前の、先に完成させちゃわない?」


「落ち着かないよね。未完のままってのも」


 曲は出来上がっているけど、ミュージックビデオと歌の録音はまだだった。


 本当は、完成した後ネットに投稿して話題をかっさらおうとか思ってたけど。映画もあるし、先に自分たちでやっちゃったらエンディングのインパクトも小さくなってしまうだろう。

 お金にもならない。誰にも届かない。


 ただ、桃と鏡也の二人の自己満足のためだけに作られる二人だけのミュージックビデオ。


 誰からでもなく、提案されたその完成は、今二人が最も渇望し求めていたもので。


 同じ気持ちだったのか。そう思うと、嬉しくてぽわわわっとした気持ちになってくる。


「よし、じゃあ作ろう!」

「二人だけのミュージックビデオ!!」


 どーする? こーする? あーでもない、こーでもない。


 二人は映画のエンディングそっちのけで、二人だけのミュージックビデオを撮っていく。休日、土曜日日曜日。その全ての時間を使って、超特急で作り上げていく。

 勿論、映画のエンディングも作る。


 でも、こっちが先だ。


 納得のいくクオリティで。でも、映画のエンディング制作に間に合うように、桃も鏡也も命削る勢いで動画を撮り、編集をして、歌を歌った。

 青春である。


 40時間ほど、ぶっ続けでMVを作っていた鏡也と桃はへとへとになった肉体にむち打ち、ふらふらになった頭で指を動かし、深い隈でしぱしぱする目をかっぴらいて完成したミュージックビデオを確認する。


 大音量で。防音のスタジオ中に流す。


 寝ぼけ頭が覚醒し、メロディーが脳をぐちゃぐちゃにかき回す。

 鏡也が大好きな桃の音楽の雰囲気。ハイテンションで、元気いっぱいに溢れるメロディーに鏡也の他にはない唯一無二の音楽が調和していく。


 惹かれ遭い、混ざり合う音楽は誰のとも協調しないと思っていたカガミのメロディーが桃の音楽と綺麗に混ざり合って、スゴく良い感じになる。

 カガミが求め、主題歌では実現できなかった『今までのカガミとは違うカガミ』


 それは自分とは音楽性が違い。それでいて、カガミに匹敵する(少なくとも鏡也はそう思っている)天才の桃と一緒に作ったから。

 これは桃とカガミじゃないと作れない、世界でただ一つの音楽。


 二人だけが知っているミュージックビデオ。


「はぁぁぁ。ヤバい。キマるわ」

「ヤバいね。脳が溶ける……」


 こう言うのが作りたかった。これが作ってみたかった。そして、また作りたい。


 今度は逆にしても面白いかもしれない。

 そして、こんな素晴らしい音楽を二人だけの秘密にするのも良いけれど。やっぱり良いものだから、皆で共有したい。


 二人だけの音楽が完成して、達成感と疲労でハイになった二人は。つい数十時間前までは断れば良かったと思っていた映画のエンディングのコラボも、むしろ、良い機会が出来たものだと思い直していた。


 楽しい。ヤバい。……桃もカガミも、お互いの音楽が好きすぎて。意識し過ぎて。負けたくなさ過ぎるのに。

 今までの音楽家人生で最高傑作だ! と思える作品は桃とカガミと作った曲だった。


 それが悔しくもあり、嬉しくもある日曜日の深夜。


 桃と鏡也は幸せな気持ちいっぱいに、スタジオで大音量で音楽をループしたまま意識を手放し、泥のような眠りに就いた。


 

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