30話 鏡也と桃の事後
「うっさ!」
聞き覚えのないハイセンスなミュージックが耳にキンキン響き渡る。
見覚えのある音楽スタジオ。心地よさそうな桃の寝顔。
大音量で流された音楽は、ほぼ二日ぶっ続けで曲を作り続けた鏡也を8時間の睡眠でたたき起こした。
正直寝足りない。目がしぱしぱして、きっと隈もいつも以上に深いだろう。しかし、この大音量のせいでもう一度寝る気分にもなれなかった。
鏡也はおもむろにスマホを取り出し、本日の予定を確認する。
本日は月曜日、今の時刻は11時半。
12時から霹靂の蒼の撮影の予定が入っているみたいだ。
みたいだ……
「って、桃、起きて、ヤバいよ!!!」
「ふぇ? ……なんでここにカガみんが……って、うっさ!!」
睡眠時無意識に排除していた大音量のミュージックが流れ込む。
そうだ。昨日、これを作ってそのまま寝落ちしたんだ……。
40時間ぶっ続けで曲を作ったから、隈も酷いし肌のコンディションも最悪だ。
服もよれよれである。
普段の姿を認め合った中とは言え、この姿を見られるのは恥ずかしい。桃はあっちむいてと言おうとしてその前に鏡也のスマホが目の前に突き出された。
「ヤバいよ!! あと30分で霹靂の蒼の撮影!!」
「……本当だ!! ヤバい、どうしよう!!!」
どうしようじゃない。仕事だから遅刻なんて許されないのだ。
……幸い撮影場所は家からそう遠くない。今から全力ダッシュで走ればギリギリ間に合うだろう。
化粧も着替えもご飯を食べる時間もないけど。
桃は最低限化粧だけやっつけて、鏡也も顔だけぱぱっと洗って。
そのまま撮影現場まで、全力でダッシュした。
◇
よれよれの服。やっつけた化粧。疲れ切った表情に、深い隈。
なんとか遅刻にはならなかったものの、そんな桃の姿と同じく疲れ切った鏡也の姿を見て撫子はははーんと察する。
そう、これは間違いなく
「桃ちゃん、もしかして昨日……大人の階段のぼっちゃった?」
「ん? どういうこと……」
下世話な表情で問いかける撫子と、よれよれの服、やっつけた化粧。それと、今朝ほんの少しだけ思ったことが頭をよぎる。
「い、いいいや、そ、そういうわけじゃないです!! ないですから!!」
「そうやって慌てるところを見るとちょっと怪しいなぁ」
最も、慌てる様子から察するに本当に事後にまで至ったわけではないようだけど。
でも、きっと鏡也と桃の仲が進展する何かがあったに違いない。
お節介なお姉さんとして、これは知っておきたい!!
「ねえ、鏡也くん。昨日、桃と何かあったでしょ?」
「な、なにか……って?」
「大人の階段上っちゃった、とかね、ねえどこまで言ったのかお姉ちゃんに聞かせてよ」
そ、そう言う意味か……!
鏡也もさっき、寝起きの桃とかやっつけな化粧の桃とか、よれよれの服を着ている自分とかをみてちょっとだけ思ったのだ。
「何かこれ、朝ちゅん後っぽくね。事後っぽくみえね?」と。
勿論二人は音楽を作っていただけでやましいことなんてなにもないのだが、
桃も鏡也も今朝、そんなことを思ってしまったが故に目に見えて動揺していた。
「か、かかかカガミ様は……桃ちゃんと、せ、セックスをもうしてしまったのです!!?」
「ぶほっ!! し、してないから!!!」
って言うか、柳の口からセックスなんて単語が出てきたことにそれ以上にビビってしまった。
「なんだぁ。じゃあ、そこまでしたの?」
撫子に混ざり、あやめまで聞いてくる。
「いや、普通に。監督に言われたコラボ曲を作っていただけですから」
「ってことはもう完成したの?」
「いや、全然」
本来は映画用のコラボ曲を作ろうって集まった二人だが、結局先に自分たちだけの曲の方を作ってしまったのだ。
桃もそれにのっかって
「まぁ流石にそんなに早く曲は出来上がりませんよ」
「それもそうか」
「楽しみに待ってるわ」
と言うがこれは完全に嘘である。
その気になれば一晩で一曲作れたりすることもある。
とは言え、じゃあなんでそんな疲れるまで熱中して出来てないのか。その間にやらしいことでもあったのか、と聞かれたら困るし……
二人だけのミュージックビデオは二人だけの秘密にしておきたいのだ。
そんなこんなで鏡也も桃も、よれよれの服を撮影用の衣装に着替え、徹夜明けでボロボロだった顔もメイクで綺麗にする。
いつも通りのカガミと桃。
いつも通りの霹靂の蒼の撮影。
今日は、蒼と逢瀬していたのがとうとう週刊誌に取り上げられてしまったキョウは謝罪会見を開き、蒼はキョウのファンから袋だたきに遭う。
美紅の事務所は大打撃とクレームの嵐に遭い、友人としても事務所の社長としても哀しみ苦しみ怒り。
キョウのライバルで、同じく蒼が好きだった竜司演じる黃(Kou)は黒い感情で喜びながら、しかし同じ思いを持つものとして胸を痛める。
落ち込んだキョウを見て美紅が急接近しようとする。
蒼にとっての酷い絶望展開。
初めて霹靂の蒼を読んだとき、このシーンは胸を抉るほど哀しく辛く。それでいてこっからどうハッピーエンドに化けるのかワクワクしたものだ。
鏡也も撫子も桃も――この撮影に携わる人全員が、この鬱展開をどう乗り越え、どうハッピーエンドに繋がれるのかを知っている。
ここから霹靂の蒼は面白くどんどん面白く化けていくのだ。
それを想像すると楽しみで、どうしてもテンションが上がってしまう。
それに、演じている側としてはキャラが楽しんでいるときよりも苦しんだり悲しんだりしているときの方が演じていて楽しいのだ。
テンションが上がる。
「(辛いだろう。俺も辛かったさ。でも、過ぎてしまえばなんてことはない)」
なんてタイムトラベルもののような台詞を脳内で想像しながら真剣に演じた。
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