31話 カガミくんの正体は鏡也である(周知)
映画の撮影のために若干不登校気味になっていた鏡也は、雨で今日の撮影が中止になったために、久しぶりに学校に足を運んでいた。
湿度計は90%を振り切っている。じめじめしていて気持ち悪い。
休めば良かったかと思うけど、授業時数が不足気味にあるし行けるときに行っておかねばそのまま二度と行けなくなりそうな気もする。
最近はカガミ絡みで話しかけられることが偶にあるけど、それでも学校には友達がいないし。
別に勉強が特別好きというわけでもなく。
ただ、学校に通っているのはなんとなく芸能活動が上手く行かなくなったときの保険が欲しいから。ただそれだけである。
そんなことをぼんやりと考えながら本をパラパラとめくっていると、少し不穏な様子の美緒の怒鳴り声が響いた。
「本当! 本当に、カガミくんの正体は鏡也だったのよ。嘘つきじゃない、私は嘘つきなんかじゃないわ!! みんな信じてよ!!」
「はっ、なわけねー。だってあの囚人がってことだろ? ないない」
「って言うか、サイテー。美緒、カガミくんへの愛だけは本物だと思ってたけど見損なったわ」
「カガミくんを汚さないでくれる? スゴく不愉快なんだけど」
「本当、本当なんだってば……嘘なんかついてないんだって。信じてよ。誰か……信じてよぉ……」
「はっ、また泣いてる」
「もう飽きたから、それ」
「毎日毎日同じこと言って、いい加減気持ち悪いよな。流石に」
座り込んで泣き出す美緒。
鏡也がカガミであると叫んで、クラスメートに嘘つきだと呼ばれて、狼少年の如く信用を失い。
明らかにクラスメートに嫌われている。
別に、元々美緒はクラスメートに好かれてなどいなかった。
少し傲慢で、態度が偉そうで、言動の節々にトゲがある。その割に美少女でもなく極度のカガミオタ。しかも、マウントをとるタイプの。
寧ろ嫌われていたと言っても良いが、しかしここまでじゃなかった。
「(って言うか、どういう経緯でこんなことになったんだろ)」
どうして美緒が、鏡也の正体がカガミであると言わなければならない状況になったのか、ここ数週間、学校に来ていなかったカガミには解らなかった。
◇
時を遡ること数週間前。
『気が変わったわ。やっぱり恋人になってあげても、良いわよ』
というメールを鏡也に送ったは良いものの、一向に返事が来ない。
いや、それどころか鏡也は学校に来なくなってしまった。
鏡也の正体がカガミだと知って、今更好きになって。
鏡也も美緒に告白していて。ようやく両思い。幸せに結ばれる未来が目前にまできているのに、一向に何も起こる気配はない。
鏡也が次、いつ学校に来るかも解らない。
そんな日々に辟易し、ヤキモキし、悶々とする。
していた美緒は、その気持ちを含め美緒自身に起きたことを、一人の友達にぶちまけた。
鏡也に告白されたこと。
その時、心底気持ち悪いと思ったこと。
鏡也本人が自分をカガミであると宣って、不快な思いをしたこと。
それは以前、話していて。今度は
やっぱり鏡也のことがずっと好きだったと今更気付いたこと。
気持ち悪いと、酷いことを言ってしまって申し訳ないと思っていること。
実は鏡也は本当にカガミだったと言うこと。
その全てを吐露し、友達に鼻で嗤われた。馬鹿にするように、笑われた。
「本当だもん! カガミくんの正体は、鏡也だもん!!」
確かに、鏡也は毎日カガミの音楽をヘビロテしてると自分で言っているほどのカガミファンだとクラスメートは思っている。
だがしかし、流石にあの見た目でカガミを名乗るのは無理があるし痛いし恥ずかしいとも思っている。
「は? 鏡也って、だって囚人でしょ?」
「ないない。ありえない」
「って言うか、とうとう頭可笑しくなったか?美緒ちゃん」
あの日、美緒が鏡也を信じなかったように。誰も美緒を信じるものなどいない。
ただ、人一倍プライドが高く負けん気が強い美緒は皆が認めるまで「鏡也がカガミなんだって解らせてやる!!」と勝手に意気込んでいた。
勿論、誰も信じるはずもなく。
最初は面白がっていた人たちも、そろそろ本気で不快に感じ始めている。
ってな感じで、美緒は今クラス――いや、学内での立場がないらしい。
数週間、学校に来てなかった鏡也は「なんで美緒はあんなこと言ってるの?」と適当な人に聞いてみたら、大体こんな流れらしい。
「鏡也! 来てたのね!! ……鏡也、どうしてメール。返事くれなかったのよ!!」
「……メール?」
「はぁ? 見てないの? ……なるほど、だから返ってこなかったのね。全く、メールはこまめに見なさいよね!!」
メール。なんかあったっけ?
鏡也はおもむろにスマホを取り出して、過去のメールの履歴をみる。
美緒……美緒……。
あぁ。そう言えば「付き合っても良いわよ」とかいうメールが送られてきたっけ。
何せ数週間も経ってたし、最近は忙しかったし。……なにより、美緒のことなんてどうでも良すぎて、素ですっかり忘れてしまっていた。
「(あー。あの時面倒くさがって返信しなかったツケが今来てるのね……)」
いや、だって。仕方なくない?
告白したは良いものの、もう既に好きでも何でもなくなった人から今更「付き合っても良いわよ」なんて上から目線で言われても。
流石に返答に困る。鏡也は、なんて返事をすれば……と頭を悩ませていると、バンと鏡也の机を美緒が叩く。
「まぁ、返事は後でも良いわ。それよりも、鏡也あんたからも言ってちょうだい! あんたがカガミくんだって!あんたのせいで、私が嘘つき呼ばわりされてるのよ!」
怒鳴るようにつばを飛ばされて説得される鏡也は、はぁとため息を吐きたくなる。つば、汚い……。顔近いし、声うっさ。
クラスメートも、いい加減違うって美緒に教えてやれとはやし立てられる。
その騒音にキンキンと頭が痛む。
鏡也は思う。白状すれば、この騒音から解放されるだろうか、と。
それに、別に鏡也は別に自分がカガミだって隠しているわけではない。
あくまでただ、聞かれないから敢えて自分から言わないだけ。
別に、カガミとしての活動は隠すほどやましいことであるわけでもない。むしろ、仲間が出来て、凄いと思える人たちに認められて。
柳や桃と出会って、撫子ともっと仲良くなっていくうちに、活動していること自体に誇りを持つことが出来た。
ずっと囚人だ、なんだと言って馬鹿にしてきた美緒やクラスメートに態々答えてやる義理なんてないけれど、嘘をつく理由もない。
だから鏡也は素直に、自然に、当たり前のように。
「そうだね。美緒の言うとおりカガミって芸名名乗って、音楽活動してる」
「……マジ?」
「証拠は?」
「……鏡也くん、ちょっと良い?」
一人の女子がおもむろにメイクセットを取り出し、鏡也の髪を整え、隈を隠し、軽くセットする。
鏡也は抵抗せずメイクを受け入れ、完成した瞬間にテレビ用のスマイルを浮かべた。
それはいつもの囚人と蔑まれ、覇気も生気もない鏡也などではなく。テレビやライブで度々見かける大スター、カガミそのものだった。
「「「「((((カガミくんの正体は、囚人(鏡也)だった!!!))))」」」」
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