第52話 家 出

 家を飛び出して川の土手の上を歩いていく。飛び出してはみたものの所持金が有るわけでも無く結局夜には帰らねばならなくなることは重々に理解している。

 子供の頃から怒られてプチ家出を試みた時も、遠くまで行ってやると思いつつ飛び出すのだが、ご飯の時間になると自然と家に帰ってしまっていた。子供に自立など到底無理なのである。


「それにしても……」穂乃花ほのかの写真集を買った事をばらされた事で顔が赤面する。次に会う機会があったらどんな顔をすればいいのだろうか。妹の水着写真を見て喜ぶ兄、変態の極みである。


「しかし、中々吹っ切れねえわな……」正直言うと俺の中での穂乃花ほのかへの想いは消える事が無かった。消えないと言うよりも、会えない事で更に彼女を愛する気持ちはどんどん大きくなっていっているような気すらする。

 こんな状態で渡辺直人と母親が再婚して本当に兄妹として生活が出来る自信はなかった。それこそ、あのスクープ写真ではないが禁断の愛に踏み込んでしまうかもしれない。

 まあ、穂乃花ほのかの方は俺との記憶は綺麗に消えており、俺を好きだと言ってくれたあの時の気持ちも消えてしまっているのであろうが……。


「俺はそんな簡単に忘れられないんだよ……」土手の傾斜部分に寝転び腕で目を覆った。それは、日の光を遮る為にやったのか涙を拭ったのかは俺にも解らなかった。


「あらひかり君?」聞き覚えのある女の子の声がする。声の主を見るとそれは生徒会長の桂川かつらがわであった。


「やあ、桂川かつらがわ、生徒会の帰りかい?」なんだかセンチになっていた自分の気持ちを隠すように言う。


「そうよ。って、他人事みたいに言ってるけど貴方も体育委員長であることを忘れてはいない?」彼女は少し目を細めて呆れている。


「……悪い、なんだか何もやる気が起きなくてさ……」なんとなく桂川かつらがわは話がしやすくて自分の心の内をさらけ出してしまいそうになる時がある。きっと彼女はカウンセラーとかが適職なのではないかと前から思っている。


穂乃花ほのかさんの事が吹っ切れないのでなくて?」ストレートパンチのような言葉。俺の心が揺らされる。きっと誰が見ても俺の気持ちはバレバレなのであろう。


「そうだな。彼女は俺との思い出を全て忘れてしまっている。でも、やっぱり俺は忘れられないんだよ。あの思い出が……、彼女が俺の事を嫌いって言ってくれたなら吹っ切れるのかもしれないけれど、俺との記憶が無いなんて……」俺はうつ向いている。


「私は脳の事とか記憶喪失のことをよく知らないけれど、そんなにピンポイントで記憶力って消えるものなのかしら。ひかり君の事だけを忘れて他は前のままって、正直言うと今の穂乃花ほのかさんにとっては都合が良すぎるような気がするわ」桂川かつらがわは俺の隣に腰かける。


「じゃあ、彼女が嘘をついているとか」実はその可能性を俺も考えていた。


「そこまでは言わないけれど、なんだか作為的のような気はするけどね」土手に咲いている小さな花を指先で弾いた。


「……」


「でも、叶わない恋も素敵なんじゃない。兄妹の愛なんて私はゾクゾクしちゃうわ。ご飯三杯はいけそう」彼女は熱狂的なライトノベルファンであった事を思い出した。


「馬鹿なことを言うなよ。でも桂川かつらがわのおかげで、だいぶんと気が楽になったよ」俺は彼女にお礼を言う。


「もしも、穂乃花ほのかさんの事が吹っ切れたら私も胸もいつでも空いてるからね」本当か嘘か解らないような冗談を言い立ち上げると、彼女は手を振りながら帰っていった。


「よしっ、俺も家に帰るかな」彼女のお陰もあって、今回は早々に帰宅モードへと切り替わった。

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