第37話 通りすがりの高校生だ

 下校の時間。

 学校の校門の前が人だかりになっている。


「ねえ、あれ!」「ええ!」「まさか・・・・・・!」女子高生達の黄色い歓声が響き渡る。


 校門の前には白いジーンズにお洒落なVネックのサマーセーターを着た男性が誰かを待っている。


 男はアイドル事務所アニーズのトップを張る白川しらかわ純一じゅんいちであった。


 先日の出来事以来、彼のプライドはいちじるしく傷つけられていた。

 自分が主演であったはずのCMで注目を浴びているのは自分ではなく、俳優の一人娘とはいえ一般の女子高生。


 それも自分と絡んでいた時は、笑顔ひとつ見せずに四六時中不機嫌そうな顔をしてNGを連発していた少女。


 それが、出来上がった作品を見ると現場で自分には見せなかった笑顔が画面からあふれ出していた。


 正直いうと白川も彼女のその笑顔で画面に釘付けになったしまった一人であった。もう、画面の中の穂乃果ほのかに一目惚れしてしまったと言っても過言ではないであろう。


 ただ、その笑顔は自分が仮病で降板を申し出た後に代役を務めた一般の高校生に見せた笑顔。


 彼女のその笑顔を引き出した高校生に強烈なジェラシーを感じていた。


「ちょっと、あれって・・・・・・、渡辺わたなべさん」女子高生達が騒めく。その先には校舎から歩いてくる穂乃果ほのかの姿があった。


 白川は普通の女子なら秒殺されそうな最高の笑顔で穂乃果ほのかの下校を迎えた。


穂乃果ほのかさ~ん」白川はオーバーアクションで大きく手を振る。がまるでそれに気づかないかのような素振りで彼女は通過しようとする。


「ちょ、ちょっと待ってよ!穂乃果ほのかさん!」白川はそれを必死で呼び止める。


「あっ、私の事ですか?あなたは・・・・・・・、誰でしたっけ?」穂乃果ほのかは少し斜め上を見つめて思い出そうとした。


「俺だよ!俺!この間のCMを一緒に撮影した・・・・・・・」そこで白川はポーズをつけて名乗ろうとした。


「あっ、黒川くろかわさんでしたっけ!?」穂乃果ほのかの天然ぶりが炸裂する。全く彼には興味が無いようである。


「いや・・・・・・、白川、白川だよ。もしかしてワザと間違えていない?」彼にしてみれば日本中で自分の事を知らない女子高生など存在しないとさえ思っていた。これはかなりのショックであった。


「ああ、そうでしたか。こんにちは、私急いでいますので失礼します」穂乃果ほのかはこの後、ひなの保育園へお迎えに行く予定であった。


「ちょっと待ってよ。少し君と話しがしたいんだよ」白川は穂乃果ほのかの右手を掴む。


「キャー!」周りの女子生徒から歓声が上がる。なにやら失神しそうな生徒までいる。


「ちょっと、離してください!私には話すことはありません!」穂乃果ほのかは強引に腕を掴まれたことで不快感を露骨に露わにした。


「いいから」白川は穂乃果ほのかの体を学校の校名が刻まれた柱に押し付ける。そして彼女に顔を近づけた。周りから見ると今にも唇を奪いそうな勢いであった。


「ちょっとやめてください」その声は男性のものであった。白川と穂乃果ほのかは同時に声の主に視線を移す。そこにはひかりの姿があった。


「なんなんだ、お前は関係ないだろう。それとも彼女の・・・・・・・?」白川はひかりの顔を睨みつける。


「俺ですか・・・・・・、俺は・・・・・・、なんなんだ?」ひかりは両人差し指を立て、尋ねるように穂乃果ほのかの顔を見る。


「し、知らないわよ!」なぜか、顔を真っ赤に赤くする。その顔を見て白川は何かを感じ取ったようであった。


「俺は、通りすがりの高校生だー!です」どこかの特撮ヒーローのような見栄を切った。


「ば、馬鹿ばっかじゃないの・・・・・・」それは穂乃果ほのかの言葉であった。


「お前!助けてやろうとしているのに馬鹿は無いだろう!馬鹿は!」ムッとした顔で怒鳴る。


「だからお前って言うな!」穂乃果ほのかの顔と言葉がチグハグのようであった。


「なるほどな・・・・・・、君が僕の代役を務めた高校生だな・・・・・・」白川は穂乃果ほのかの体を開放すると光をマジマジと見つめた。


「えーと、俺はそういう趣味はないんだけれど・・・・・・」ひかりが馬鹿な事を言っている間に、穂乃果ほのかは彼の後ろに隠れた。


とぼけた奴だな。俺は誰にも負けたくないんだよ、仕事でも恋愛でも!」白川は、先ほどまでの爽やかさは全く無くなって、けもの野生やせいオオカミのような顔に変わっている。また、その雰囲気に失神する女子がいるようだ。


「そうなんですか。ちなみに俺は負けっぱなしですけどね。穂乃果ほのか行こう!」光は穂乃果ほのかに目配せをして先導した。穂乃果ほのかは小さくお辞儀をするとその後をついていった。


穂乃花ほのかさん!きっと、俺に振り向かせてやるからな!きっとだぞ!」後ろで白川の声が聞こえる。


「どうも、頑張ってくださ~い」ひかりは小さく手を振った。


「ちょっと、頑張ってくださいは無いんじゃないの?」穂乃果ほのかは白川の姿が見えなくなってからひかりの顔を見る。


「あああ、怖かった・・・・・・」ひかりは深い溜息をつく。


「えっ、怖かったの?」


「あ、当たり前だろう、相手は天下のアニーズの白川純一だぞ!一歩間違えたら、周りの女達にボコボコにされていたかもしれねえんだぞ!」ひかりは胸を撫でおろした。


「・・・・・・そうか、ありがとうね」穂乃果はひかりの前に移動すると、後ろに手を組んで笑顔でお礼を言った。その顔が眩しくて光は少しキュンとなった。


「ひなちゃんのお迎えがあるんだろ。急ごう!」ひかりは少し速足で先頭を歩いた。


「うん!」穂乃果は可愛く微笑んだ。

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