第24話 蛍

 暗闇の中で俺の足が負傷してしまった事もあり、ひとまずこの場所で夜を明かして明るくなってからホテルに帰る事にする。闇雲に歩いても状況は改善しないと思ったからだった。


「ふー、なんだか疲れたね」穂乃花ほのかは俺の隣に腰を据える。幸い季節は夏だったので、寒さを感じる事はなくむしろホテルの部屋に居るよりは心地良い位であった。


「なんだかんだ言って結構歩いたからな」目的地が解らす歩き続ける事はかなりの苦痛であった。少しは足の裏も痛い。こんな山道を歩くのであればもう少し厚底の靴を掃いてくれば良かった。まあ、海に来て山道で迷うとは思っても見なかったのだが。


「ねぇ、あれは何かしら?」小川の流れるような音がする。その近くに小さな灯りが幾つも飛び交っている。


ホタルだ」俺は少し興奮気味に呟く。あまり大きな声をだしたら居なくなってしまうような気がした。


「蛍?私、本物の蛍を見るの初めて!」穂乃花ほのかもかなりテンションが上がっている様子だ。


「この時期だと平家蛍かな?人があまり来そうにない場所だから穴場なのかも知れないな」蛍には、源氏と平家があって源氏を見れるのは7月頃までと聞いたことがある。


「すごく綺麗……」穂乃花ほのかは小川の近くで三角座りをした。その隣に俺も少し足を引きずりながらではあったが近づいて腰を降ろした。


友伽里ゆかりさんと見たかったんでしょう?」唐突に友伽里ゆかりの名前が出てきて少し驚く。


友伽里ゆかりか……、きっとアイツはこういうのよりも食いもんのほうが好きだよ」兎に角、アイツが怒った時には食べ物を与えるのが最も効果的であることを長年の付き合いで俺は知っている。


「なにそれ可笑おかしい」クスクス笑う声が可愛い。


「お前……、いや、ほ、穂乃花ほのかさんの親父さんは役者さんなんだってな」会話を持たせようと話をふる。


「うん、そうだよ。あれでも結構有名なんだけどなぁ。私が生まれる前はトレンディドラマの主役もやっていたのよ」少しだけ自慢するように彼女は胸をはった。しかしトレンディドラマと言われても正直ピンとこなかった。蛍の光に照らされたその姿が少しだけなまめかしい。


「ト、トレンディって、よく解らないよ、俺はほとんどテレビを見ないからな」言いながら深夜アニメや漫画はよく見ている。


「でも、これでも結構大変なのよ。お母さんがいないからひなの面倒私が見たり……、まあ一応家政婦さんもいるんだけどね。長期の撮影があったりすると転校しないといけない事も多々あるし……」彼女は少しだけ悲しそうな顔をした。そこには俺達一般人では解らない苦労があるのかなと勝手に考えていた。


「この旅行の間、ひなちゃんは?」

「祖母が泊まり込みしてくれてるの。転校が多いのだから出来るだけ行事には参加して思い出を作りなさいって、パパが頼んでくれたから」膝を強く引寄せて唇を隠すようにしながら蛍を見つめている。


「ねえ、貴方の事をひかり君て呼んでも構わない?」突然の申し出に少しだけ体が宙に浮いたような気がする。


「え、まあ、構わないよ、みんなそう呼んでいるし……」冷静に考えれば、学校でも普通にひかりと呼ばれていたのだった。


「光君、貴方のご両親は?」

「ああ、父親は俺が小さい時に死んだので顔も知らない。母親かあさんが一人で俺を育ててくれたんだ。よく云う母子家庭っやつだけどきっと苦労したと思うよ」こんな時ではあるが本当に母親には感謝している。朝から夜まで働いて俺を育ててくれた。幸い隣に住む友伽里ゆかりのお母さんと俺の母親が旧知の中であり、友伽里ゆかりと纏めて俺の面倒もみてくれた。前にも言ったが俺にとっては母親が二人いるような感覚なのである。


「ふーん、凄いお母さんだね」感心してくれているようだ。


「でもさ、学生やりながら妹の面倒もって……」急に穂乃花ほのかの体の重みを感じる頭を俺の肩に乗せて眠っているようだ。


「えーと、ちょっとこれって……不味まずくないか……」彼女の髪が風に揺れて甘い香りが漂う。俺の鼻の穴は通常の三倍位大きくなっている事であろう。恐る恐る彼女の顔に視線を送る。


 その顔に警戒心は全く無く、安らぎの表情であった。


「本当に疲れたんだな……」俺はやましい考えを振り払い彼女の体を支え続けた。


 辺りの光もゆっくりと消えていく。


 蛍達の輪舞ロンドもそろそろ終了時間になったようである。

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