第57話 赤い傘

 久しく穂乃花ほのか友伽里ゆかりの姿を見ていない。彼女達も色々と思うところがあるのだろう。


 母が置いていった穂乃花ほのかの写真集を開いてみる。彼女の色々な表情が写し出されていて穂乃果ほのかファンにとってはたまらないだろう。

 それでも、やはりあのCMの中で見せる彼女の微笑みに勝るショットは見当たらなかった。彼女の最高の笑顔。それを引き出せるのは俺だけなのではないのかと一人自惚うぬぼれてみる。


 何気なく窓の外を見るもうすっかり夜になって外は暗くなっているようであった。

 病院の中央の庭にある照明の近くに人影が見えた。そのシルエットは女性のようであった。


「あ、あれは・・・・・・?」明らかに俺の病室を見上げているような気がする。

 入院生活も二ヶ月以上になりだいぶんと体の具合も良くなってきた。もう片方の松葉杖を使えば一人で移動出来るレベルであった。

 夕食は既に終了して就寝時間を待つだけ本来であれば外出時間などとっくに過ぎている。

 俺はナースステーションの当直看護師に見つからないようにしゃがみながら通路を渡っていった。松葉杖の音を鳴らないように引きずりながら移動していく。

 彼女達は様々な業務に追われて大変そうであった。本当に夜遅くまでご苦労様である。

 

 最終難関、警備のおっさん。泊まりなのか呑気にテレビのバラエティー番組を見て笑っているようだ。

 受付の下を抱腹ほうく前進ぜんしんにて通過後、壁際にへばりつく。とその時、通用口の扉が開いた。見つかると思ったが、ちょうど俺のいる場所は死角になっているようで気づかれなかった。扉を開けた男性に丁寧にお辞儀をしながら外への脱出を成功させた。

 外に出ると小雨こさめが降り始めていた。

 

「ちょっとお借りします・・・・・・」誰に了承を取るでもなく俺は松葉杖を壁にそっと置いてから入り口の傘立てに無造作に差し込まれた赤い傘を一本拝借した。



 

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