第47話 復 縁

穂乃花ほのか」俺は彼女の見舞いにやって来た。おれの隣には友伽里ゆかりも一緒にいる。


「あっ、来てくれたんだ。いつもありがとうお兄さん……」あの事故以来彼女は俺の事をそう呼ぶようになった。転校以来の事をなかなか思い出せないそうだ。特に俺の事に関しては全く記憶をなくしてしまっているようであった。


「おにいたん!」ひなも穂乃花ほのかの病室にいた。椅子に座って絵を書いているようである。考えてみれば、穂乃花ほのかと俺が兄妹だということは、彼女もまた俺の妹であるということだ。


「なんの絵書いているの?」ひなのとなりに椅子を置いて座る。


「えーとね、パパとママとひな。それにこれはおにいたん!」指座した先に幼児独特の描写をした人物画があった。仲の良さそうな家族の姿であった。


 なぜかその絵を見て目頭の辺りが熱くなる。


「具合はどう?」穂乃花ほのかに体の具合を確認する。


「うん、だいぶ良くなったわ。抜糸してもらったから皮膚の突っ張る感じも無くなったし、傷は残るらしいけれど髪の毛で解らないって」頭に巻いていた包帯も取れていた、体の方は回復した様子である。しかし、俺との記憶は戻っていない。


穂乃花ほのかさん!ごめんなさい!」ずっと一人黙っていた友伽里ゆかりが我慢しきれないで切り出した。


「えっ、どうしたの?」穂乃花ほのかはその謝罪の意味が全く解らないようであった。


「コイツ、お前が階段から落ちたのは自分のせいだって言うんだ」俺は捕捉する。


「違うわ。階段から落ちたのは私の不注意よ。私ってドジだから」彼女は片目を瞑り舌を出した。


穂乃花ほのかさん……、ありがとう」友伽里ゆかりはそれ以上何も言えなくなり泣きながら穂乃花ほのかに抱きついた。


「学校はいつから戻れるんだ?」少し友伽里ゆかりの様子も落ち着いて来たようなので話題を変える事にする。


 ひなが俺にじゃれついてきたので膝の上に乗せてやる。またスケッチブックに絵を書きはじめた。


「学校なんだけど、お父さんと相談して……、私転校しようと思ってるの」穂乃花ほのかは天井を見上げる。


「な、なんで、転校たって!俺はそんな話を聞いていないぞ!」俺の気持ちが書き乱される。


「だから、今言ってるのよ。お兄さんって面白い」クスクス笑っている。


「でも、なぜ急に転校なんて……」友伽里ゆかりも驚きの声をあげる。


「私、芸能科のある学校に行って本格的に女優を目指そうと思うの。今回自分の不注意だったけど階段から落ちて死んじゃうかと思っちゃた。今、自分の出来る事をやらないで後悔するのはやっぱり嫌なの」彼女は手で掛け布団を強く握りしめている。決意の現れだろうか……。


「自分の不注意……?で、でも、あんなに嫌がっていたじゃないか。テレビの仕事!」彼女はやはり自分で階段を転がり落ちたと勘違いしているようであった。なぜか俺は少し興奮している。


「そうね、自分が出ているCMを見て思ったんだ。私ってこんな顔が出来るんだって……、でも、あのCMの相手、お兄さんなんだってね。ビックリしたわ」彼女はクスクスと笑っている。


「で、でも転校なんて……」不安が胸の中を満たしてくる。


「今の高校は基本的に芸能活動は禁止なんだって。本格的にやろうと思ったら環境を変えないと駄目かなって思って……」彼女は天井を見上げる。


「でも……」俺が何かを言おうとした時、ノックをする音がする。


「どうぞ」穂乃花ほのかが返答をする。


「やあ、具合はどうだい?」ドアが開いて現れたのは白川しらかわ純一じゅんいちであった。


「あっ、白川さんこんにちは」彼女は丁寧に挨拶をした。察するに白川は何度もこの病室へ見舞いに来ている様子であった。その手には薔薇ばらの花束。そういえば、あの花瓶の花も薔薇ばらであった。


「これは!これは!ごきげんよう!」ひどく陽気な雰囲気が鼻につく。


「ああ、どうも……」なんか面倒臭い。


穂乃花ほのかさんは、僕の通っている堀南学園へ転入してこられるそうで……、それに僕の主演映画のヒロイン役も快諾してれたんですよ。聞きましたか?」嫌みったらしい言い方だった。彼は俺達が兄妹だと解ってひどく喜んだらしたい。


「そうなんですか……、俺もう帰ります。ひなちゃん、またな!友伽里ゆかり、行こう」ひなを膝から下ろして俺と友伽里ゆかりは病室を後にする。「おにいたん!またね」その声を聞きながらドアを閉めた。その途端、悲しくなって涙が溢れそうになった。


 長い廊下を歩いていくと休憩スペース。そこには俺の父親でもある渡辺わたなべ直人なおとと母がなにかいい感じて語り合っている。


 母から聞いた話によると、渡辺直人こと俺の父親は若い頃、女遊びが派手で彼女はずっと悩まされていたそうだ。そしてついに堪忍袋の尾が切れて離婚。俺を連れて家を出た。


 ずっと知らなかったが、母も昔は売れない女優だったそうた。姓を戻さなかったのはやはり未練があったと云うことだろうか。


 歳を召して落ち着いた父親に彼女はどうやら、またかれているようだ。父親の雰囲気も満更ではない。元の鞘に戻ると云う事のようだが、こっちは正直いい迷惑である。


「はぁ……」俺は深い溜め息をついた。

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