第22話 そうやったんか

(なんだこの顔に当たる心地よい物体は……)しばらく気を失っていたのか、記憶が飛んでいるようだ。たしかに穂乃花ほのかと俺は夜道を歩いていたはずだったのだが……。

 起き上がろうとすると俺の上に人が被さっているようである。なんとか心地の良い物体の下から抜け出して、上半身だけ起き上がった。その途端、俺の上に覆い被さっていた体が落ちそうになるので、慌てて受け止める。

(あっ渡辺ほのかか?)俺の両手の中には、穂乃花ほのかが目を瞑り眠っているようだった。


「そうか、あの時……」記憶がよみがえってくる。

 俺達は、暗い夜道を手探り状態で進んで行ったのだか、少し細くなったような道で穂乃花ほのかが足を滑らせて落下しそうになった。手を繋いでいた俺も彼女と一緒に暗闇の中を落下する事になってしまった。

 そのまま、どの程度落下したかは分からなかったが二人とも気を失ってしまったようであった。


「おい、渡辺!渡辺!」彼女の名前を呼ぶが反応しない。俺の中に一抹いちまつの不安が広がる。彼女の心臓の音がするかどうか確かめる為に、彼女の胸の辺りに耳をあてる。


「う、ううん」急に彼女が目を開いた。


「おわっ!」俺は上から彼女の胸に顔を埋めるような姿勢になってしまった。


「きゃー!!!」もうこの世のもので無いほどの悲鳴が暗闇の中を響き渡る。どうやら、気を失っていた事に乗じて、俺が悪戯いたずらでもしようと思ったようだ。


「い、いや、いや、違うんだ!」俺は必死に弁解を試みる。


「あなた、そういう人だったの!?幻滅だわ!」暗闇ではあったが、何か軽蔑に似た視線をぶつけられている事が犇々ひしひしと伝わってくる。


「俺達、暗闇で足を踏み外して道から落ちたんだ、それでお前が気を失っていたから、心配になって・・・・・・・」


 少しの間の沈黙、彼女は何かを考えている様子であった。


「そうなんだ、ごめんね・・・・・・、ありがとう」状況を理解したのか、急に言葉のトーンが落ちて、素直になったようだ。


「どの程度気絶していたのか解からないけれど、ケガとか痛みはないか?」自分の身体も確認してみる。


「ええ、私は大丈夫みたい。あなたの方はどう?」優しい声で心配してくれる。


「ああ、俺の方も、い、痛い!」足首の辺りに痛みを感じる。骨が折れているほどでは無い様子ではあったが、酷い捻挫のようであった。ちょっと立ち上がるのは困難である。


「どこか、痛いの?」


「ああ、少し足を捻ったみたいだ」立ち上がろうとしたが、支えきれずもう一度その場に座り込んでしまった。


「ごめんなさい・・・・・・、私のせいよね」その声が少し泣きそうになっているように聞こえる。

たしかに、最初に足を滑らせたのは彼女であったが、普段からの運動不足が原因だと俺は思っていた。


「お前のせいじゃないよ、俺、動神経が悪いから・・・・・・」足をさすってみたが、結構な大きさにれあがっている様子であった。


「また、お前って言った。どうせなら名前で呼んでよ」どうも、お前と言われる事に相当抵抗があるようであった。


「でもそれじゃあ、なんて呼べばいいんだよ」日頃から友人を名前以外で呼ぶ時は、お前という事が普通であるのだが、彼女にとっては苦痛なのかもしれない。


穂乃果ほのかでいいわ。その方が呼ばれ慣れているから」


穂乃果ほのかさん・・・・・・、ですか?」友伽里ゆかり以外の女子を下の名前で呼んだことなど流石に無かったので、正直のところかなり照れ臭い。


「う―ん、さんはいらないわ。穂乃果ほのかでいいわ」彼女は平然と言ってのける。


「いやいや、さすがに人妻を呼び捨てにするとまずいんじゃねえか?」俺の頭の中に背徳感はいとくかんが満開にただよう。


「まだそんな事を言っているの、あなたは本当に馬鹿なのね」穂乃果ほのかは大うけしたように爆笑する。


「なにが、可笑しいんだよ!」彼女の笑いの意味が全く理解できずに俺は少し憤慨ふんがいする。


「私、あなた達と同じ高校一年生。十六歳なのよ、ひなが私の娘だったら私は一体いくつの時に妊娠しないといけないのよ?」今度はかなりあきれている様子であった。


「えーと、ひなちゃんは確か、三歳位だったから生んだのは十三歳か?」冷静に考えると不自然極まりない。


「あなたはアホなの。突然子供が生まれる訳ないじゃない!妊娠の期間を合わせると十一歳~十二歳よ。犯罪色満開でしょ!」確かに言われてみればあり得ない話である。人妻であることが頭の中で固定化してしまって、そんな事を考える余裕がなかった。


「いや、ご主人さん芸能人って聞いたから、そんな事もあるのかな・・・・・・って」俺は人差し指を二本付き立てて誤魔化すようにお道化て見せた。ただ、それも暗闇の中では、全く無意味であった。


「あなた、本当にアホじゃないの?」それは、明らかに馬鹿にしたトーンの声であった。


「でも、ひなちゃんは君の事をママって?」彼女は違和感なく穂乃果ほのかの事をそう呼んでいた。その雰囲気も自然であった。


「ひなは私の妹よ。彼女が生まれてすぐにお母さんが病気で死んでしまったのよ。それで私があの子の母親変わりになっているの。だからあのは私の事をママって呼んでるのよ」あまりにも可笑しいのか話してる間も穂乃花ほのかは笑い続けている。


「そうやったんか~!」暗闇の中、俺のたけびが響き渡った。

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