第16話 俳優

「ねえ、友伽里ゆかりは今晩の胆試しでひかり君と一緒に行くつもりなんでしょ?」友伽里ゆかりと一緒にビーチの確認をしていた生徒会長の桂川かつらがわ洋子ようこが聞いてきた。


「まあ、私は誰とでも良いのだけれど、ひかり君がどうしてもって言うなら・・・・・・、仕方ないわよね」友伽里ゆかりは、軽く咳払いをした。彼女にしてみればひかりが他の女性を選ぶ訳がないという根拠のない自信があるようだった。


 今回の二泊三日の臨海学校は、初日の夜に胆試きもだめし、二日目にキャンプファイヤーが予定されている。胆試しは、男女二組で比較的暗い街道を歩き小さな神社のほこらまでを往復するというものであった。この企画は友伽里ゆかりが鳴り物入りで企画したものであるが、誰の目から見ても、彼女がひかりと二人っきりになる時間を作ろうと目論んでいる事は、明らかであった。


「あんたね、幼馴染だからって安心してるみたいだけれど、ひかり君を狙っている女の子、結構いるのよ・・・・・・、私だって・・・・・・」洋子ようこは後半言葉を濁すように呟いた。


「そうなんだ。まあ、私は小さい時からずっと一緒だったから、ひかり君の全部を知っているから別格なんだけどね」友伽里ゆかりは髪の毛を掻き揚げながら自分の優位性を誇示した。その態度を見て、洋子ようこは決して良い気がしない様子であった。


「そういえば、渡辺ほのかさんって、結婚してるって言ってたわよね」洋子ようこは突然に穂乃果ほのかの話題を振ってきた。


「そうみたいよ。小さな女の子を連れてご主人と一緒にプールに来ていたわ。女の子も渡辺ほなみさんの事をって呼んでたもの」友伽里ゆかりひかりと一緒に行ったデラックスプールの事を思い出していた。


「そうなんだ、それならご主人は俳優の渡辺わたなべ直人なおとなんでしょ?」洋子ようこは少しテンションを上げた。


「渡辺直人って?」芸能関係にうと友伽里ゆかりはその名前を知らなかった。


「あなた!知らないの?ずっと舞台を中心に活動してきた俳優さんだけども、最近映画にも出てて今人気急上昇の俳優さんよ!京都の撮影所に拠点を移すから、関西に引越しするって噂だったんだけども、まさかこの街に来るとは思わなかったわ」言われてみればプールで見た穂乃果ほのかの旦那さんは歳は離れていそうではあったが中年のくたびれた感じではなくて素敵な感じであった。


「そうなんだ、俳優さんの奥さんが女子高生って、なんだかスキャンダラスよね」友伽里ゆかりは腕組をして頷いた。


「渡辺直人の私生活って全然表に出ないのよ。そんな結婚していて、子供がいる事も公表されていないと思うわよ」洋子ようこはかなりの芸能通のようであった。


「それじゃあ、芸能レポーターとかに情報をリークしたらお金もらえるかな?」友伽里ゆかりは目を見開いた。


「それはゲスな考えね。でも、結構貰えるかもね」洋子ようこも満更でもない様子であった。


「冗談、冗談よ。まさかクラスメイトを売るような事はしないわ」友伽里ゆかりは、手の平を上下に振りその考えを振り払った。


「そうね。やっぱり俳優さんの奥さんだから、渡辺さんってあんなに綺麗なのかしらね。でも渡辺直人のサインは欲しいわ」洋子ようこはミーハーな声を上げた。


「それじゃあ、奥さんに頼めばいいんじゃないの」友伽里ゆかりは興味が失せたように言った。


 かれこれ三十分近くビーチを歩いているが、男女のペアや明らかにナンパ目的としか見えないような軽薄そうな男でいっぱいであった。二人に声をかけてくる男達もいたが、それを無視して友伽里ゆかり達は歩いた。


「そういえば、友伽里ゆかりって、渡辺さんに冷たい感じだよね」洋子ようこは下から少し見上げるように言った。


「そんな事ないわよ。全然・・・・・・」友伽里ゆかりの態度は明らかに図星を突かれた事を誤魔化しているような印象を受けた。


「あなた、ひかり君と彼女が仲が良いから焼いてるんでしょ?」意地悪そうな顔をして洋子ようこは突っ込む。


「関係ないわ。私とひかり君の仲は、そんな事では微動だにしないから!」少し怒り口調のようにも聞こえた。


「ふーん、そうんなんだ・・・・・・」洋子ようこは空を見上げるように顔を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る