第28話 芸能界
家の近所の道をゆっくりと歩いていく。だいぶと具合が良くなったようで
「おにいたん!」聞きなれた子供の声がする。コーラの缶を口にしたまま声の主に視線を移す。そこには日射病よけの帽子を被ったひなの姿があった。
「あっ、ひなちゃん!」ということは……。ひとつ向こうのベンチに
「よう……」ひなの頭を軽く撫でながら挨拶をする。
「どうも……」なんだか気まずい雰囲気であった。俺は彼女の隣に腰を下ろす。
少し距離を開けるように彼女は横に移動する。
「この前は御免な、俺が変な勘違いしていたせいで……」
「ぷっ、ふふふふ」急に
「な、なんだよ。人が素直に謝っているのに」笑われた事に少し憤慨する。
「ご免なさい。そんな事で怒ってないわよ。なんだかねぇ……、でも途中で帰ってしまって私の方こそ申し訳なかったわ……」
「もう大丈夫、それ!」俺は
「凄い!あなた運動神経いいのね!」「おにいたん、しゅごい!」二人に喜んで頂けたようであった。
「お陰さまで、この通り!いてててて!」おどけるように見せたが、若干の痛みがする。
「もう、調子に乗るからよ」「ちょうちにのりゅからよ」ひなが
「あれからさ、
「そうなんだ、
「ちょっといいですか?」突然、中年位の男性に声をかけられる。その瞬間、
「また、貴方ですか?あのお話なら前にもお断りしたはずです」彼女は
「お父さんは、お嬢さんの気持ち次第だって仰ってるんです。ですから……」男は詰め寄るように言い寄る。
「ですから、私は何度も嫌だと言っているではないですか」
「あなた、なんなんですか?ほ、
「君は何者だ。まさか
「こ、恋人!?まさか、友達ですよ!ただの友達!」俺は激しく弁解する。
「そうか、そうあって欲しいものだね。デビュー前にそんな虫が付いては困るからね」汚い物でも見るように男は俺の顔を
「解りませんよ。これから恋人になるかも知れませんよ……。彼と……」
「またまたまた~!今日はお邪魔みたいだから、また来ますよ。真剣に考えてくださいね」男はもう一度俺の顔を少し睨み付けてから姿を消した。
「なんなんだよ。あのオッサン」俺は去っていく男の背中を睨み付けながら聞いた。
「あれは、芸能プロの人……、私こう見えて昔は子役タレントやってたんだ。でも、つかれちゃって、中学校入学と同時に引退したのだけれど……、またやらないかっていうお誘いなのよ」彼女はウンザリしたような顔をした。
「げ、芸能人……、あっそうか、お父さんも俳優さんだもんな。俺達よりそういう世界が近いんだな」言いながら彼女なら人気が出るのではないかと、色々想像してしまった。
「お父さんは、お前の好きにやれば良いって言うけれど、私はやっぱり普通の生活がいいのよ。ああいう世界はどうにも性に合わなくって……」芸能界に憧れてもデビュー出来ない奴もいれば、デビューできるチャンスがあるのにそれに乗らない奴もいるのだなと思った。
なんとなく、彼女が芸能界に行ってしまったらこんなに気軽に話が出来なくなるのかなと考えて寂しい気持ちになったが、この感情の原因が一体なんなのかは、俺はこの時はよく解らなかった。
「ところで、俺と恋人になるかもって……」先ほどの彼女の言葉が甦ってきた。
「あっ、あれは……、あの人を諦めさせる方便の一つよ!そんな事ある訳ないでしょう!!」激しく動揺するように彼女の顔が真っ赤になった。
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