第33話 ナイス・アイデア

「なんだって!」CM監督が血相を変えて立ち上がった。彼の隣には白川純一のマネージャーが申し訳なさそうな顔をして下を向いている。

 スタッフのヒソヒソ話によると、どうやら昼の弁当を食べてから白川は急に体調を崩してしまったらしい。弁当を手配した女性が気の毒なくらい凄い剣幕けんまくで怒られている。


「何とか頑張ってもらう事は無理なのかね?」監督はマネージャーに懇願こんがんするように手を合わせた。


「申し訳ございません。相当に辛い様子で席も立ちあがることも困難なようです。人と話すのも辛いと言っています」マネージャーは深々と頭を下げた。


「どうすればいいんだ!」監督は小さな椅子に座り込んで頭を抱えた。


「監督、ちょっといいですか」カメラマンをしていた男性が声をかける。


「なんだ!」もう当たりかまわずに怒りをまき散らしている状態である。


「午前中に白川さんの顔のアップは全部撮影終わっていますので、体つきの似た男性がいれば吹き替えで継続可能だと思うのですが、いかがでしょうか?」少しの間、沈黙の時間が流れた後、監督は立ち上がってカメラマンの男性を抱きしめた。


「おお、ナイス・アイデアだ!すぐに変わりの俳優を探してくれ!」


「さすがに俳優は無理ですので、この場にいる誰かで・・・・・・」スタッフを見回すと、皆中年の腹が出た親父ばかりであった。


「おい!君!そこの君!」穂乃果ほのかの横にのんびりと座るひかりにお声がかかる。

 何が起こったのか理解できずにひかりとぼけた顔をした。


「ちょっと、立ってみたまえ!」監督に言われるがままにひかりはその場で起立する。


「よし、問題なさそうだ!彼を代役で撮影を続行するぞ!」監督はスタッフに周知するように大きな声で叫んだ。スタッフ達からも完成が上がる。


「え、え、ええ・・・・・・・俺!?」突然の指名でひかりは硬直する。


 その隣で穂乃果ほのかが少し嬉しそうにはしゃいでいた。

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