第35話 アンチ・ファン

 しばらくして、あの時撮影したCMがテレビで流れるようになった。それは清涼飲料水のCMであった。撮影していた時は正直言うと俺は一体何のCMを撮影しているのかさっぱり知らなかった。


 そりゃ穂乃花ほのかに半分無理やり連れて行かれただけだったので仕方ないだろう。


 夏の日差しの強い公園で、恋人同士と思われるカップルが追いかけっこをし、ベンチで戯れるというものであった。アニーズの白川の顔のアップはあったが使用されていたのは、ほぼ俺と穂乃花ほのかが演じた部分がメインであった。しかし、それを知るものは現場にいた者だけである。


「ねえ、ねぇ、渡辺ほのかさんと白川純一のCM見た?」女子が廊下で騒いでいる。


「悔しいけどお似合いよね。やっぱり芸能人の娘さんはオーラが違うわ!」女子生徒達のテンションは上がり続けている。


「私、サイン貰っちゃおうかな」なんだか盛り上がっているようである。急に芸能人扱いになった。


「聞いたんだけど、白川純一主演の映画の公開が予定されてるんだけど、そのヒロインを渡辺ほのかさんがやるんだって!」凄い情報通だと感心する。


「うそー!凄いじゃない!」




「へー、そうなんだ」隣の席に座る穂乃花ほのかに聴こえるように言う。


「知らないわよ、そんな話。映画なんてやるわけないし」なんだか鬱陶うっとおしそうに答える。


「でも、あのCM好評だぜ。渡辺わたなべ穂乃花ほのかのファンクラブまで出来てるじゃん」廊下には先ほどの女子達の他に、男子生徒達も待機している。俺と穂乃花ほのかが話していると石でも投げられそうな視線が送られてくる。もしもあのCMの相手が実は俺だと云うことがバレた日には血の雨を見ることになりそうである。


「ちょっとは芸能界に興味出て来たんじゃないのか?」俺の顔は結構意地悪そうに見えていただろう。


「そんな訳ないでしょう。私は普通の大人になりたいのよ」彼女は大きくため息をついた。


「光君、ちょっといい」友伽里ゆかりが少し膨れっ面のような感じで横やりを入れてきた。「今日は委員会の日だから出席してよね」


「いや、今日は接骨医院に行って足の診察してもらわないといけない日なんだ。だから堪忍な!」俺は拝むように手を合わせた。


「堪忍ねって・・・・・・・、もう!」友伽里ゆかりは少し顔を赤くして、俺の右足を蹴る。それはまさに夏休みに打撲してしまった場所であった。

「痛っ!何なんだよアイツ!」結構痛かった。


「いつも仲が良くていいわね」俺達のやり取りを見ていた穂乃果ほのかが頬杖を突いたまま窓の外を見た。


「どこがやねん?」彼女の言葉の意味を理解出来なかった。穂乃果ほのかは無言のまま俺の顔を見ると右足を軽く蹴った。


「痛っ!な、なにするんだよ!」連発で蹴られると流石に痛い。


「知らない」穂乃果ほのかは席を立ちあがると教室から出て行こうとする。


「渡辺さん、一緒に写メ取ってくれない?」クラスの女子が出て行こうとする彼女の前に立ちはだかる。


「ごめんなさい。そういうのはちょっと・・・・・・」穂乃果ほのかは女子達をかわすと廊下に出って行った。その様子を見て女子達はアングリと口を開けていた。


「なにあれ、あの子調子に乗ってない?!」写真を撮るのを断られたことで、彼女達は一気に穂乃果ほのかのアンチファンになってしまったようである。


「ねえねん、ひかり君」声をかけてきたのは桂川だった。


「な、なんだよ・・・・・・」何かあった時の桂川は頼れる存在であるが普段はよく解からない性格である。


「ハーレムポジション狙うのもいいけれどもっと器用にやらないと。二兎追うものは一兎も得ずだよ」彼女はウサギの真似をしてピョンピョンと跳ねっていった。


「ハーレムってなんだよ?ハーレムって・・・・・・」彼女の忠告の意図は全く持って理解不能であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る