第3話 アンコとカスタード

 ランニングを終えて公園で一休みする。


「はい、どうぞ」突然の声かけで振り返る。そこにはスポーツ飲料とタオルを差し出す友伽里ゆかりの姿があった。


「有り難う、でもお前はどうしてここにいるんだ」受け取ったスポーツドリンクのキャップを開封しながら聞いてみた。


「だって、ランニングの後、ここで一休みするのがひかり君の習慣でしょ。それよりさ・・・・・・、さっきの女の人は一体誰なの?知り合い?」なぜだか口を少し尖らせているように見える。


「ブッ」俺は口に含んだドリンクを勢いよく吹き出してしまった。「さっきのって……、もしかして見ていたのか?」口の辺りに付着したドリンクをタオルで拭いた。


「私の部屋の窓から丸見えだったわよ。ほんと、嬉しそうに口の周り拭いてもらっちゃって、バッカみたいヘラヘラして……」友伽里ゆかりはしかめっ面になった。


「自転車が壊れて大変そうだったから修理してあげただけさ。困った時はお互い様っていうだろう。下心なんてないさ」タオルで汗を拭き取り首にかける。


「それにしては、ずいぶんと鼻の下を伸ばしていたわね」彼女は呆れている様子であった。よく云うが鼻の下が伸びるってどんな状態なのか解らない。


「あの人は、小さい子供さんのいるお母さんなんだぜ。そんな風に見てねえよ」答える事もだんだんと鬱陶うっとおしくなってきた。まあ、若干そういう目で見ているのではあるのだが……。


「大人の女の魅力に男の子は弱いっていうものね」ベンチに腰掛けて両足をブラブラと振っている。なんだか不満そうな感じである。


「本当にお前、しつこいぞ!何でもないって言っているだろ!だいたい、なんか有ったとしてもお前に関係ないだろう」俺は立ち上がり公園から立ち去る。これ以上話していても埒があかない。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」彼女は慌てて俺の後を追いかけてくる。


 そのまましばらく、友伽里ゆかりは沈黙で歩く俺の後ろを黙ってついてきていた。


「おい」


「えっ…?」友伽里ゆかりは唐突に声をかけられて驚いた様子であった。


「腹、減らないか?」俺は自分の腹を軽く擦りながら聞いた。


「うーん、ちょっと減ったかな」彼女も確認でもするように自分のお腹の辺りを摩る。


「お前、たい焼き食べるか?」通りの角のたい焼きの店が目に入った。


「確かに美味しそうね」友伽里ゆかりの顔が少し綻んだ。


「おじさん!俺、カスタード、お前はどうする?」目配せをしながら確認する。


「私はアンコが食べたい」彼女は前のめりになって返事をする。


「おじさん、もうひとつアンコね」すでにおじさんには聞こえているであろうが、復唱する。


「あいよ」おじさんは手際よくたい焼きを紙に包んで手渡ししてくれた。

 それを受け取り友伽里ゆかりに渡す。


「奢ってくれるの?」友伽里ゆかりは嬉しそうな顔をする。たいやき位でそんなに喜ぶなら安いものだ。


「たまにはな。げっ、これアンコじゃん!」間違って渡してしまったようだった。


「こっちはカスタード……」彼女も一口食べてから間違えていたことに気づいたようであった。


「交換しようぜ」俺はアンコのたい焼きを彼女に差し出した。


「えっ!でも……」なんだか、躊躇している様子であった。


「お前、アンコがいいんだろ」俺は彼女の手からたい焼きを奪い取ると、自分の持っていた分を代わりに渡した。


「……」なんだか友伽里ゆかりは顔を真っ赤にして、たい焼きを口にすることをためらっている様子であった。


「ああ、やっぱりカスタードのほうがうめえ!」空きっ腹に、たい焼き。最高の気分であった。


「ごめんね、色々と勘ぐって……」申し訳なさそうに友伽里ゆかりは呟いた。


「何が?」俺は本当に彼女が何に対して申し訳なさそうにしているか忘れていた。


「ううん、何でもない」そう言うと、友伽里ゆかりは小さな口でたい焼きを恥ずかしそうにパクりと食べた。

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