37

結局この日は、夕方遅くまで鉄平の来客が続いた。


「鉄平、明日また来るね」


あたしとちとせは、病棟の休憩場で部活の仲間とワイワイやっている鉄平に声をかけた。


「お、おお。サンキュー」


まだ、記憶の戻った鉄平と面と向かってちゃんと話してないから、お互いなんとなく照れくさいカンジ。


「じゃあね」


「おう」


あたしとちとせが休憩場を出ようとした時。


「奈々っ」


鉄平があたしを呼び止めたんだ。


ドキン。


「なに?」


「……いや。……また明日なっ」


「う、うん」


軽く手を振って、あたしは歩き出した。





外は寒い。


チラチラ、粉雪が降っている。


今日はクリスマス本番かーーーーーー。


病院を出たあと、ちとせはその足でそのままお店に直行するみたいで、車で買い出しに出ていたおばさんがちとせを迎えにきていた。


クリスマスはけっこう忙しいみたいで、今日は人手も足りなくてちとせがかなりの即戦力になるみたい。


店を閉店したあとは、そのままイトコ達が集合してクリスマスパーティーをやるんだって。


楽しそうだよね。


おばさんもちとせも、家まで送っていくから車に乗るように言ってくれたんだけど、今日は風もないし粉雪もキレイだし、なんとなく歩いて帰りたい気分だったから。


あたしはちとせの乗った車を見送って別れたんだ。



はぁーーーー……。


白い息がふわっと広がる。


粉雪がホントにすごくキレイ。


なんかクリスマス……ってカンジだなぁ。


なんて思いながら、ひとりポカンと空を見上げていたの。


今、何時かな。


何気なくカバンからケータイを取り出そうとしたその時。


ブブ、ブブ、ブブーーーーーー。


バイブにしていた電話が鳴ったんだ。


誰?と思ってみてみると。


え、先輩っ⁉︎


ウ、ウソ!



『きっと夕方あたり、先輩から電話がかかってくるよ』ーーーーーーー』



さっきのちとせの言葉が頭をよぎった。


ちとせっ!ちとせの言ったとおり、先輩から電話がかかってきたよっ。


ど、どうしようっ。


なぜかひどく緊張。


あたしは、高鳴る胸をおさえながら電話に出た。



「も、もしもし」


ドキドキドキ。


『あ、佐河……?やっと出てくれた』


ちょっと笑った先輩の声。


昨日も鉄平のことで先輩と話したけど、電話ってなんか妙にドキドキしちゃうよ。


っていうか、先輩『やっと』って言った……?


『たぶん病院だろうと思って。そろそろ帰るか頃かなぁと思って何回か電話してたんだ』


えっ。


「先輩、ずっとあたしに電話してくれてたんですかっ?す、すみませんっ。あたし全然気がつかなくてっ……」


『いや、オレが勝手にかけてただけだから。今日、どうしても佐河に会いたくて』



ドキンーーーーーーー。



『今、帰るとこ?』


「あ、は、はい」


『そっか。今オレ、病院のすぐそばの公園にいるんだけど。来てくれる?』


ウソ、すぐそこじゃんっ!


「は、はいっ。今行きますっ」


ど、どうしようっ。


緊張するーっ。


と、とにかく行かなきゃ。


あたしはドキドキする胸をおさえながら公園に向かった。



外は寒いハズなのに、緊張のせいか全身が熱い。



公園に入ると、奥のベンチに長身の人影が見えた。


先輩だ……ーーーーーーー。


初めて見る、私服姿の琉島先輩。


こげ茶色のほっそりしたジャケットに、細身の黒のパンツ。


制服姿もカッコイイけど、私服姿の先輩もやっぱりステキだな……なんて、頭の隅で思いながら、あたしは先輩のところへと歩いていった。


心臓の音が、先輩にも聞こえてしまうんじゃないかってくらいに大きく鳴っている。


先輩があたしに気づいてベンチから立ち上がった。



「佐河」


「先輩……」


あたしの顔を見て笑顔になる先輩。


「利久原のこと、ホントによかったな」


「はい。先輩、いろいろありがとうございました」


あたしがペコッと頭を下げると、先輩が優しく笑った。


「オレはなにもしてないよ」


あたしは首を横に振った。


「あたし、いつも先輩に助けられてました。あたしが泣いてた時、いつも先輩が励ましてくれて………」


「そんなことないよ」


そう言いながら、先輩はまた自分がしていたマフラーを外してあたしの首元にかけようとしてくれた。


あたし、今日はタートルネックのニットで首元も寒くないから、マフラーして来なかったんだ。


「先輩っ。あたし大丈夫ですから……」


差し出してくれたマフラーに手をかけた時、軽く先輩の手があたしの手にあたったの。


冷たい。


あたしは、その冷たさにビックリしたんだ。


「先輩、手……すごい冷たいですよ。大丈夫ですか?」


やだ、先輩一体いつからここにいたの?


いつからあたしを待っててくれたの……?


胸がぎゅうっと苦しくなった。


「先輩……。もしかして、ずっとここであたしのこと待っててくれたんですか……?」


「ちょっと前からだよ」


笑顔の先輩。


ウソだ。


だって、手がひどく冷え切ってるもん。


先輩……。


この寒い中、あたしのことずっと待っててくれたんだ………。



「あのさ」


先輩はそう言いながら、ジャケットのポケットからなにかを取り出した。


そして。


「これ。今日クリスマスだから。気に入るかどうかわかんないけど……」


えーーーーーー。


あたしの前に、リボンで包まれた小さな四角い箱を差し出したの。


あたしは、そっとそれを両手で受け取った。


あたしに……?


「開けてみて」


先輩ーーーーーーー。


あたしはなんだか夢を見ているような……そんなふわふわした気持ちで、言われるまま箱を開けたんだ。


こんなこと、生まれて初めて。


緊張して小さく手が震えた。


パカ……。


箱の中には、小さな布の袋が入っていた。


その袋をそっと開けて、静かに手のひらに出してみたの。



「……カワイイ……ーーーーー」



それは、小さなクロスがついたシルバーのネックレスだったんだ。


こんなステキなプレゼントをあたしに……?


あたしは、半ば放心状態。


「気に入ってくれた?」


先輩が少し不安そうな表情であたしの顔を見た。


「……す、すっごくカワイイですっ。すっごくステキ過ぎます……」


「よかった」


嬉しそうな先輩。


「で、でも先輩、あたしだけこんな高価なものっ……。あたし、先輩になにもプレゼントしてないのにっ」


あたしがそう言うと、なぜか先輩が笑い出したんだ。


「いいんだよ、佐河。そんなこと気にしなくて。別にプレゼント交換してるわけじゃないんだから。オレが佐河にクリスマスプレゼントを贈りたいと思っただけ」


先輩に笑われて、あたしはなんだか恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまった。


「だから、もしイヤじゃなかったら受け取ってほしい」


先輩……。


「ーーーー……ありがとうございます……。

すごく、嬉しいです」


嬉しくて、嬉しくて。


また泣いちゃいそうだよ。




「ーーーー佐河。利久原が元気になってすぐに言うのも不謹慎かなとも思ったんだけど……」


先輩が真っ直ぐな瞳であたしを見た。


「今、やっぱりどうしても気持ちを伝えたい。佐河が好きだ。もっと一緒にいたい。オレとつき合ってくれないかーーーーー」


え……。


先輩の真剣な瞳。


その瞳に吸い込まれるように。


あたしと先輩は、少しの間なにも言わずに見つめ合っていた。


トクトクーーーーー。


小鳥のように、静かに胸が鳴る。


あたしは……どうしたらいいーーーーー?



『奈々がこうしたいと思うようにーーー』



あたしは、ちとせの言葉を思い出していた。


あたしは、どうしたい……?


先輩が静かにあたしに歩み寄る。


そして、そっと優しくあたしを抱きしめたの。


「大切にするよ。ずっと佐河のそばにいたいんだ。……いてくれないか」


先輩の優しい声。


あったかい……。


胸が熱くなる。


あたし、こんなステキな人にこんなに想われてるんだ………。


こんな風に抱きしめられてるんだ………。


ずっと片想いしてきた琉島先輩。


想いが通じたんだよね……。


あたしの恋が実ったんだよね……。



こんなあたしを、こんなに優しく大切にしてくれる先輩。


喉の奥が熱い。


涙がこぼれる。


断る理由なんて、ないーーーーーーよね。


あたしは、先輩の腕の中で。


「はい……」


静かにうなずいた。








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