15
コトン。
あたしは、新しいお花を飾った花瓶をベッド脇の棚に置いた。
「鉄平見てー。キレイなお花でしょー」
「ああ」
ベッドの上で座っている鉄平が、笑顔でうなずいた。
「これ、さっき森ハゲが持ってきてくれたんだよ。鉄平寝てたからすぐ帰っちゃったけど」
キレイな百合とかすみ草。
「モリハゲ……?」
「あ……ーーー覚えてない?あたし達のクラスの担任。頭がハゲてるからみんなにそう呼ばれてるの」
あたしが髪を切って、気持ち新たに毎日をスタートさせてから1週間ほど経って。
今ではもう、毎日鉄平のところに来るのが日課になっていた。
ちとせとてつやも来るけど、てつやは部活があったり、ちとせは実家が飲食店を経営していてその手伝いで店に立つこともあって、来れない日もあるんだ。
鉄平のケガや傷はだいぶよくなってきたよ。
食欲も出てきたし。
でも、記憶の方は相変わらずで、まだなにも思い出せないまま……。
病院の先生にも言われたんだ。
『長期戦になるかもしれない』ーーーって。
それでもいいの。
どんなにかかったっていい。
いつか、元気な元の鉄平に戻ってくれれば。
家族のみんなも、『がんばって鉄平くんの力になってあげなさい』って応援してくれてるんだ。
小さい頃から、鉄平の家とは家族ぐるみのつき合いをしてたから。
「えっと……。奈々さん……」
〝奈々さん〟ーーーーーーー。
胸がチクンとする。
でも、あたしは努めて明るく振舞っていた。
「奈々でいいってば」
笑顔で言うと。
「んじゃ……奈々、なんか飲み物くれるかな」
はにかんだ笑顔で冷蔵庫を指差す。
いつもなら。
『わりっ。奈々、オレの分のジュースも買ってきて!頼むっ』
なーんてカンジで。
頼みごとする時だけ、肩なんかくんできて調子こいてたのにね。
「奈々……?」
「あ……ごめん、ボーッとしてた。飲み物だよね。何あったかなぁ」
冷蔵庫を開けてると。
コンコン。
てつやとちとせが入ってきた。
「あれ、ちとせ店大丈夫なの?」
「うん。さっきまですごい混んでたんだけど、ひと段落したから来た。そしたら下でてつやにバッタリ会ってさ」
「そっか」
「よぉ、鉄平っ。元気か?」
てつやが笑顔で鉄平に言うと。
「おお、てつおっ」
鉄平が、包帯の巻いてある手を軽く上げた。
「あ……いや。オレ、てつや。てつおじゃなくて、て・つ・や」
てつやがちょっと寂しそうに、でも明るく鉄平に笑いかける。
「ああ、そっか……。てつやか」
キョトンとしている鉄平。
記憶喪失になってからは、覚えたこともすぐ忘れちゃったり、物忘れもちょっと多いんだ。
自分の意識が戻りたての時のことも、あんまり覚えてないらしいの。
だから、鉄平はあたしが長かった髪をバッサリ切ったことも全然わかってないの。
あたしは、元々髪の短い子と思ってるみたい。
そんな鉄平の姿を見ていると、胸が痛いんだ。
すごく………。
「でも、だいぶ元気になったじゃん。鉄平も」
帰り際、ロビーで3人でジュースを飲みながらひと息ついてた時、ちとせが嬉しそうに言った。
「でもよぉ、またオレの名前間違えてたぜ。なんかちょっと切ないよなぁ……」
てつやが寂しそうにため息をつく。
「そうだね……。でも、しょうがないよ。鉄平にとっては、あたし達みんなが知らない人なんだもん。それにたまたまてつやの名前を間違えるだけだよ。惜しいんだよねー。〝や〟と〝お〟!」
「そうそう!惜しいんだよ」
てつやがちょっと笑った。
「だけどよぉ、見事に全部忘れちゃったよなぁ。……アイツ、あんなに好きだったサッカーのことも忘れちゃったのかなぁ……」
てつやが、サッカー部のショルダーバッグを手に取った。
「辛いよなぁ……ーーーーー」
「うん……」
サッカーしてる鉄平、とってもイキイキしてて。
ホントに楽しそうだったもんね。
……あ、そうだっ。
あたしはポンッと手を叩いた。
「どしたの?奈々」
「写真!いろんな写真。まだ鉄平に見せてなかったよねっ!」
「え?」
「学級写真とか、みんなで遊んでた時の写真とか、鉄平がサッカーしてる姿とか……」
「……そっか。そうだよ!いろんな写真、鉄平に見せようぜっ」
「うん、そうしよう!明日さっそく持ってこよう!」
「サッカーボールとか、アイツのユニフォームなんかも!」
「うんっ」
鉄平、どんな反応するかな。
ちょっとはなにか感じてくれるかな。
あたしの胸は、密かな期待でワクワクし始めていた。
そして翌日ーーーーーーーー。
あたしは、家からいろんな写真をたくさん持ってきて、学校が終わるのを待ちわびていた。
今日は、てつやも早めに部活が終わるらしいから、3人そろって行く約束をしたんだ。
今は3時間目の休み時間。
あたしは、うっかり忘れた数学で使うコンパスを友達に借りに、他のクラスに駆け込んでった。
そして、自分の教室に戻る途中、後ろから呼び止められたの。
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