31

「奈々ー。大丈夫だって」


病院の自動ドアの前で足を止めたあたしに、ちとせが笑いながら言った。


「鉄平はホントにいつもどおりだったから、大丈夫っ」





鉄平と琉島先輩に突然の告白をされたあの日から4日後。


あたしは、久しぶりに鉄平のいる病院にやってきた。


昨日、琉島先輩と2人で東階段で話したけど、鉄平とはあの日以来会ってないんだ。


昨日の琉島先輩。


ホントに優しくてあったかくて、すごくあたしのこと心配してくれて。


改めて好きだなぁ……って思ったんだ。


でも、今のあたしにはつき合うとかそういうことが考えられなくて。


先輩にも正直に自分の気持ちを言った。


先輩もわかってくれて、あたしのこと待ってるって言ってくれた。


あたしがこの先、どういう心境になっていくかは自分でもわからない。


でも、状況がどうあれ。


琉島先輩と鉄平、2人ともあたしにとって大切な人ってことだけは確か。


だから、鉄平にもちゃんとあたしの素直な気持ちを伝えようと思うんだ。


きちんと向かい合って……。


あたしのことを好きだと言ってくれた鉄平は、確かに記憶のない鉄平だ。


だけど。


どんな鉄平でも、鉄平は鉄平。


あたしの大切な幼なじみの鉄平なんだよね。



「ほら、奈々。鉄平が待ってるよ。もうこの4日間『奈々は来ないのか、奈々は来ないのか』ってうるさいったらなかったんだから」


ちとせが呆れたように笑ってる。


鉄平……。


あたしだって、鉄平に会いたかったよ。


あのやんちゃな笑顔に会いたかったよ。


だけど……さ。


「ちとせ……。ホントに鉄平普通だった……?」


「うん、いつもどおり元気だったよ。そりゃあ、多少は落ち着きないっていうか、ソワソワしてる感はあったけど」


え。


「普通じゃないじゃんっ。どうしよう、やっぱ緊張してきた。なんかお腹痛くなってきた……」


だって、最初に会ったらなんて言えばいいの?


ど、どうしようっ。


「もうっ。いいから行くよっ。会っちゃえばなんとかなるから」


「ええっ?」


ちとせはそう言うと、あたしの腕をガシッとつかんで強引に歩き出した。


ちょっと、ま、まだ心の準備がっ……!


「ちとせぇーーーーーっ」


待ってよーーーーーーーっ。




そんな叫びもむなしく。


あたしは、ズルズルちとせに連れて行かれたんだ。





そして……。


バンッ。


「やっほー。鉄平!久しぶりの奈々ちゃんですよぉーーーー」


ちとせがあたしの腕を引っ張ったまま、勢いよく鉄平の病室に飛び込んだ。


その瞬間。


パチ。


思いっ切り鉄平と目が合ってしまった。


ドキッ。


たちまち心臓がドクドクと鳴り出した。


ど、どうしよう。


な、なに?この緊張はっ。


「じゃ、あたしちょっとトイレ行ってくんね」


えええ?


ちょっとちとせ!


言うが早いか、ちとせは笑顔でさっさと出て行ってしまった。


ちょっとーーーーーっ。


なんでこんな時に2人きりにすんのよーっ。


ちとせのバカッ!


だけど、あたしの予想以上にケロッとした鉄平の声が聞こえてきたんだ。



「おせーよ、奈々。オレ、待ってたんだぞ」


え。


おそるおそる鉄平の顔を見る。


いつものやんちゃそうな瞳。


心なしかちょっと照れくさそうにツンとしてる。


「……ご、ごめん。風邪ひいて学校休んでたりしてて……」


あたしが明るく笑って言うと、鉄平がおもむろにベッドから下りたんだ。


そして、松葉杖をつきながらあたしの前に立ったの。


ドキン。


「風邪、よくなったのか?」


「う、うん」


「ならよかった。……それと。この前言ったことなら気にすんなよな」


ちょっと怒ったような照れくさいような口調の鉄平。


「え……」


「オレは、奈々のことが好きだよ。奈々はオレのこと嫌いか?」


「えっ?き、嫌いなわけないじゃん……」


ドキドキ鳴っている心臓をおさえながらあたしが言うと。


「なら、それでいい」


ふっと優しい鉄平の声。


え………。


「鉄平……。あたしねっ……」


「なにも言うな。オレは、なんだか無性に自分の気持ちを伝えたかっただけだ。奈々を困らせるつもりはないよ」


鉄平ーーーーーー。


「だから、今までどおり来てくれよなっ。奈々がいてくれるから、がんばろうって思えるオレがいる。……いつもありがとなっ」



真っ赤な顔をして、ぶっきらぼうに言う鉄平。


そんな鉄平を見ていたあたしは、さっきまでの緊張がウソのようにスーッとなくなっていくのを感じていた。


それと同時に、鉄平の優しさがすごく嬉しくて。


涙が出そうなほど嬉しくて。


「ーーーーーありがとう。鉄平」


あたしは笑顔で元気にうなずいたんだ。




まるで、あたしの気持ちをわかってくれてるみたいだと、あたしは思った。


鉄平は、それ以上なにも言わず、あたしの好きなやんちゃ坊主の笑顔を見せた。


ありがとう。


こんなあたしを好きになってくれて。



ありがとう、鉄平ーーーーーーー……。




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