32

そして。


いろいろあって、たくさん悩んでたくさん泣いたあたしだったけど。


鉄平も琉島先輩も、今までと同じようにあたしに接してくれて。


あたしもいつもの元気を取り戻し、学校が終われば鉄平のいる病院に通うという変わらぬ生活を送っていた。


鉄平は個室から大部屋に移った。


4人部屋だけど、今はひとつベッドが空いてるから実際には3人部屋。


基本的にみんなカーテンで仕切ってるから、他の人と顔を合わせることはあんまりないかな。


病室は変わったけど、鉄平は変わらぬまま。


記憶が戻る気配は全く感じられなかった。


そんな風に、何事もなく静かに時間は流れ、季節はもう12月。


街はクリスマスムード一色だった。



「あーあ。期末テストの結果、最悪だったぜー」


病院へ向かう途中の道で、てつやが大きなため息をついた。


「あたしもだよー。でもまぁ、無事終わったことだし。よしとしよう」


「そうそう。それに、明日は終業式であさってからはいよいよ冬休みじゃん!」


ちとせが嬉しそうに言った。


そう、あさってから冬休み。


しかも、明日はクリスマスイブーーーーー。



結局、鉄平の記憶が戻らないまま、高校最初のクリスマスがやってきた。


ちとせもてつやも同じ中学だから、毎年みんなで集まってワイワイやってたよね。


今年はなんとなく暗黙の了解ってカンジで、クリスマスの話題があまり出てこなかったよね。


でも、あたしクリスマスって大好き。


キラキラのあの雰囲気だけで、なんだか楽しくなれちゃうんだよね。


元気になっちゃうんだ。


すごく元気に。


ーーーーーーーあ。


あたしは、ふとひらめいた。



「ねぇ!明日終業式終わったあと、鉄平のとこでクリスマスやらないっ?」


「え?」


ちとせとてつやが同時に振り向いた。


「……いいねっ。あんまり大騒ぎはできないけど、ケーキとか買ってみんなで食べよっか」


「そうだな」


2人も楽しそうにうなずいた。


そうだよ、病院にいる鉄平にだってクリスマスはあるのよ。


こんな時だからこそ、楽しいことやらないと。


鉄平、喜ぶだろうな。


あたしは、鉄平の笑顔を思い浮かべて嬉しくなった。




そんな風にーーーーーー。


ただ単純に鉄平に喜んでもらいたくて思いついたこの計画が。


のちに、誰も予想もしなかった展開へと進むきっかけとなることを、その時のあたし達は全く知るよしもなかったんだ。


まさか、ずっとずっと待ちわびていたその瞬間が……明日のクリスマスイブに起きようとしているなんて。


誰も、夢にも思わなかったんだーーーーー。






12月24日。


クリスマスイブ。


みんなどこか楽しげで、そんな雰囲気だけでなんだかあたしも嬉しくなる。


終業式を終えたあたし達3人は、病院へ行く途中にあるオシャレなケーキ屋さんに足を運んだ。



うわぁ、美味しそうだぁー。


色とりどりにデコレーションされたケーキ達。


チョコレートに生クリーム、イチゴやブルーベリーに砂糖菓子のサンタさんやトナカイ。


どれもこれもカワイくて目移りしちゃうよ。


「ねーねー。どれにする?」


「見て見て、これすっごいカワイイ!」


あたしとちとせは大興奮。


「てつやは?どれがいいと思う?」


「いや、オレはなんでもないから。早く決めて」


「ちょっとー。なに言ってんのよ。てつやもちゃんと見てっ。ほら、こーんなにカワイくて美味しそうなケーキがたーくさんあるんだよ。そんなすぐには決められないよ。てつやは?どんなのがいい?」


「あー。おまえらで決めていいよ。まかせた。オレはうまけりゃなんでもいいからよ」


なーんてひらひら手を振るんだから。


まったく男ってヤツは。


そんなわけで、あたしとちとせでやいのやいのと選んで、ようやく鉄平のとこに持っていくクリスマスケーキを決めたんだ。


つやつやのチョコレートでコーティングされた、丸い大きなケーキ。


チョコレートのホイップクリームで豪華にデコレーションされたケーキに、イチゴがたっぷりと飾られている。


そこに、砂糖菓子のサンタクロースと雪だるまと『メリークリスマス』のチョコプレート。


その上から、全体を包むように粉砂糖の雪がパラパラとかけられてるの。


カワイイーーーー。


食べるのがもったいないくらいだよ。


これなら鉄平も大喜び間違いなしだよ。


あたし達はそのケーキを持って、ルンルン気分で鉄平のいる病院へと急いだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー





「鉄平、このケーキ見たら喜ぶね」


「アイツ、意外と甘いもん好きだからな」


そうそう、鉄平って甘いもの好きなんだよね。


3人で笑いながら病院に入り、しゃべりながら歩いていると。


ツンツン。


なにかが後ろからあたしのコートを引っ張る感覚。


え?


振り向くと。


そこには、幼稚園くらいの小さな男の子があたしを見上げてちょこんと立っていたんだ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る