30

たん……。


ひと気のない、東階段の踊り場。


あたしの足音に気がついて、壁に寄りかかって下を向いていた先輩がパッと顔を上げた。



「佐河」


先輩ーーーーーー。


「こんなとこに呼び出したりしてごめんな。人のいないとこで佐河と話がしたくて……。それで。この前のことなんだけど。どう?考えてくれた……?」


少し不安そうな面持ちの先輩。


あたしの憧れの先輩。


その先輩が今あたしの目の前にいて、あたしの返事を待っている。


夢みたいだよ。


ドキドキしてるよ。


その優しい笑顔も、優しい瞳も、サラッと髪をかき上げるクセも、しゃべり方も。


全部好き。


好きだよ、琉島先輩。


「あたし……」


あたしは、素直な気持ちで先輩を見た。



「先輩のこと、好きですーーーーーー」



「ホントか……?佐河」


先輩が驚いたようにあたしを見る。


「でも……」


でもーーーーーーー。


「今のあたしは、先輩とつき合うことはできません………」


本当なら、先輩に告白されて飛び上がるほど喜んで、泣いちゃうくらい嬉しいハズなのに。


今のあたしは、どうしても手放しで喜べない。


先輩、あたしやっぱりこんな気持ちのまま先輩とつき合うことはできないです……。


できないですーーーーーー……。




「ーーーーーつき合えないって。……なんで?どういうこと?」


先輩があたしに歩み寄る。


どう言えばいいのか。


なんて言えばいいのか。


言葉が浮かぶぬまま黙っているあたし。


「佐河っ……」


先輩……。


胸が苦しくなる。


自分でもわからない。


どうしたらいいのかわからない。


先輩のことが好き、すごく好き……。


でも、こうしてる今も……なぜか、なぜか。



鉄平のことが頭に浮かんでくるの。


アイツの笑顔が浮かんでくるんだ。



それは、鉄平の記憶がまだ戻ってないから、そばにいて支えてあげたいと思ってるから?


それとも、それとは関係なく鉄平自身のことが気になるから?


わからない。


だから、あたしはつき合えない。


先輩とも、鉄平とも……。


どっちとも、つき合えないよ……ーーーー。



ガサ……。


あたしは、キレイな紙袋に入れてきた先輩のマフラーを取り出した。


「……先輩。これ、ありがとうございました」


先輩のあったかくて優しいぬくもり。


あたしはそっと先輩に差し出した。


なんだか切なさがぐっと込み上げてくる。


胸が熱い。


泣いちゃダメ。


泣いちゃダメ。


そう思ってるのに。


あたしの涙腺は壊れてしまったかのように、コントロールがきかなくて。


ポロ ポロ ポロ。


涙がこぼれてきてしまったんだ。


あたしーーーーーー。


いつからこんなに泣き虫になったんだろう。



「す、すみませんっ……。あたし……」


ぐしゃぐしゃになっているそんなあたしを、先輩が強く抱きしめた。


ーーーーーー先輩……。


先輩に告白された、あの日のように。


あたしは、しっかり先輩の腕の中に包まれていた。



「………なんで泣くんだよ。なんで謝るんだよ」


先輩の寂しそうな声が頭の上から聞こえてくる。


「あ、あたし泣いてばっかりで……。ご、ごめんなさい……」


涙が止まらない。


「謝らなくていい。謝らなくていいよ、佐河」


先輩……どうしてそんなに優しいの……?


あたし、先輩の前でいつも泣いてばっかりで困らせてるのに。


「佐河……。つき合おう」


あたしは、先輩の腕の中で小さく首を横に振る。


「ーーーーー……利久原のことか?」


ドキン。


先輩に、心を見透かされたような気がして。


あたしはなにも言えず、うつむいてしまった。


「やっぱりそうか……。利久原のことが心配なのはわかってるよ。ずっと一緒に育ってきた幼なじみだもんな……。だからこそ、オレも佐河の力になりたいんだ。佐河が泣いてるのを見たらほうっておけない。好きだからーーーーーー」


「先輩……」


先輩が、静かにあたしの体を離した。


そして。


「……今すぐじゃなくてもいい。利久原のことが落ち着いてからでいいから……。佐河がいいと思える時がくるまで、オレ待ってるから。そしたら、オレ達つき合おう」


「え………」


「ただ、まだつき合ってなくても。今までみたく、たまに一緒に帰ったり話したりはしたい。それと、辛くなったり悩みごとがあったりしたら、ひとりで泣いてないでなんでもオレに相談して。いい?」



先輩ーーーーーーー。



あたしは、今の自分の気持ちに寄り添って優しい結論を出してくれた先輩に、なんだか胸がいっぱいになった。


あったかい毛布をふわっとかけられたような……そんな優しさに包まれていた。


「……はい」


あたしは泣き顔のままうなずいた。


「先輩……ありがとう……」



ありがとうーーーーーー……。



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