28

「ーーーーーそっかぁ。琉島先輩にも告白されちゃったんだ」



ゆらゆら。


熱い紅茶の湯気が揺らめいている。


甘いドーナツとあったかい紅茶で、ようやく気持ちも落ち着いたあたしは、静かに切り出した。


「あたし……。どうしたらいいのかわかんなくて………」


「そりゃ、同じ日にいきなり2人の男の人に告白されたら。誰だって嬉しい反面どうしようー!って悩むわ。特に、自分にとってその2人がどちらも大切な人だったら、ね」


ドキン。


「琉島先輩のことは好きだけどーーーーー。鉄平のことも好きなんでしょ?」



ちとせの言葉が、胸に響く。


あたしは、琉島先輩がずっと好きだった……。


でも、鉄平のことも好き……?


あたしは深く息を吐いた。



「……自分でもよくわからないの。鉄平のことは……好きだよ。もちろん。ずっと一緒にいたし、幼なじみだし……。間違いなく大切な人。その気持ちは、今回の事故のことでよくわかった。でも……。それが、恋愛の好きかどうかっていうのは正直わからない……ーーーーーー。

なんか、普通の好きっていう気持ちとは違うような気もする……」



それにーーーーー。


「それに……あたしを好きだって言ってくれた鉄平は、確かに鉄平だけど……。本当の鉄平ではないんだよね……ーーーーー」


記憶のない鉄平。


「じゃあ」


ちとせが静かにカップを置いた。


「ーーーーー琉島先輩のことは?」



先輩の、ことーーーーーー。



「……好きだよ」


優しい先輩。


あたしが泣いている時、いつもそばにきて慰めてくれたよね。


「昨日ね、先輩があたしの首元にマフラーをかけてくれたの……。優しいなぁ、ステキな人だなぁって思った。思い出すと、胸がドキドキする……」


「だったら、先輩とつき合ってみたら?」


「え⁉︎」


「だって。お互いドキドキときめく好き同士なわけだし。それに、先輩からは『つき合ってくれ』ってハッキリ言われたんだから」


ちとせがニヤニヤしながらサラッと言った。


せ、先輩とあたしが、つき合う?


そ、そんなっ。


「『めっそうもないっ』なーんてもう言わせないよ。先輩は、奈々のことが好きなんだから」


「で、でも……」


「じゃあ、あの琉島先輩をふっちゃうの?」


「えっ?そ、それはっ……」


「入学してからずーっと奈々が片想いしてきた憧れの琉島先輩だよ?その先輩と両想いになれたんだよ?つき合っていいに決まってるじゃん。でもまぁ、そうなると。鉄平は失恋しちゃうわけだけどさ……」


失恋……。


胸がチクンとした。


「でもさ。鉄平はそれで今までみたいに奈々と話せなくなったり、気まずくなったりするようなヤツじゃないと思うし」


「……それはそうかもしれないけど………」


「想いが通じたんだよ。それに奈々、事故に遭ってから、いっぱい泣いて辛い思いしてがんばってきたじゃん。だから、あたしは奈々には幸せになってもらいたい。自分の気持ちを大事にしてもらいたい」


「ちとせ……ありがとう」


「まぁ、あくまでもこれはあたしの意見だから。奈々自身、ゆっくり考えなよ」


「……うん」


「あ、もう16時か。じゃ、あたし鉄平のとこにちらっと寄ってから店の手伝い行くわ」


腕時計を見たちとせが、制服のシワをポンポンと伸ばして立ち上がった。


「そんな心配そうな顔しないでよ。大丈夫、鉄平には奈々は風邪ひいてダウンしてるってことちゃんと言っとくから。もちろんそれ以上のことはなにも言わない。琉島先輩のことも黙ってるから。それより、熱は?下がったの?」


「朝は38度あったんだけど、今はだいぶ下がったみたい」


「そっか、よかった。でも、油断大敵。はい、早くベッドに入って」


ちとせがあたしに布団をかけた。


「大丈夫だよー。朝よりだいぶ楽になったから。美味しいドーナツも食べたし」


「きっと、今までの疲れがどっと出ちゃったのかもしれないね。とにかく、ゆっくり休んで治しなさい」


「ふふ。なんかちとせお母さんみたい」


2人で笑った。


「じゃあ、行くね」


「うん、ちとせありがとね」


ちとせが出て行って、ひとりになったあたしの部屋にまた静けさが戻ってきた。



真っ白な天井を見つめながら、あたしはふと先輩の笑顔を思い出していた。


優しい。


コートと一緒にハンガーにかけてある、先輩のマフラー。


あたしは、それをベッドの上からじっと見ていた。


先輩……。


その時、先輩の姿をかき消すかのように、今度はやんちゃな笑顔が浮かんできたんだ。


イタズラ坊主のまぶしい笑顔。


鉄平ーーーーーー……。


ブンブン。


あたしは頭を振った。




あたし……どうすればいいんだろう……。


どうすればいいんだろう……ーーーーーー。



ガバッ。


あたしは、布団の中に潜り込んだ。




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