50

どうしてここにしたのか、自分でもわからない。


でも、ここで。


あたしは鉄平に自分の本当の気持ちを伝えたかったんだ。


いろいろあったこの場所で、最後のけじめをつけたいと思ったんだ。


薄曇りの空の下。


あたしは、誰もいない公園のど真ん中にどんと立ちはだかった。


冷たい風が吹き抜ける。


ぶるるっと身震い。


ひどく一方的なあたしの電話だったけど、鉄平はきっと来る。


絶対来る。


そう信じながら、あたしは公園の入り口を見つめていた。


……と、誰かが公園の方に向かって歩いてきた。


来たっ!


鉄平だーーーーーーー。


ダボッとしたジーンズに、ダウンジャケット姿の鉄平が公園に入ってきた。


ドッキン、ドッキン。


尋常じゃない大きさの音で、心臓が鳴り出す。


こっちに向かって歩いてくる鉄平。


そして、あたしまであと3メートルくらいのところで、あたしは鉄平に向かって叫んだの。


「ストップ!!」


手を前に突き出して、来るなの合図。


鉄平が一瞬キョトンとした顔をしたけど、すぐに怪訝そうにあたしに向かって大声で言ってきた。


「なんなんだよっ」


広い公園内で3メートルの距離は、小さな声では届かない。


でも、緊張してとても目の前では言えないもん。


あたしは大きく深呼吸して、高鳴る胸を押さえた。


ーーーーーー奈々、がんばれっ!


自分に気合を入れて、そして。


あたしは、アイツに向かって叫んだの。



「あたし。鉄平が好きーーーーーーーっ!」



い、言ったぁぁぁっ。


当の鉄平は、目を丸くしてポカンと口を開けて突っ立ったまま。


あたしの突然の愛の告白に、鉄平は驚いて声も出ない様子。


そして、そのままふらーっと一歩こっちに近づいてきたの。


「ダ、ダメ!来るな!」


あたしの声に鉄平が立ち止まった。


「そ、そのまま聞いててっ。緊張するからっ」


あたしはもう一度深呼吸をして、鉄平に自分の素直な気持ちを打ち明けたんだ。


「……あのねっ。さっき、琉島先輩にやっぱりつき合えませんって言ってサヨナラしてきた。やっぱり、あたしは鉄平じゃないとダメなのっ。口は悪いし、よくケンカするし、ムカつくこともいっぱいあるけどっ。それでもやっぱり、あたしは鉄平が好きっ」


「奈々……」


「鉄平は、あたしのこと幼なじみ以上にはならないって言ったけどっ。あたしは………。

あたしは、鉄平がもし幼なじみじゃなかったとしても、きっと鉄平のこと好きになってた!」


じわ……。


目頭が熱くなって涙が滲んできた。


うう……。


泣くつもりなんてなかったのに。


「なんで。なんであの時……映画館で会った時。あたしのこと無視したのよっ。バカ!」


あたしが泣きながらアイツに怒鳴ると。


黙って聞いていた鉄平が、大声であたしに向かってこう言ったんだ。


「あれはっ。おまえが、アイツと手なんかつないでやがるからだろっ」


…………え?


「オレだって、無視するつもりなんてなかったんだよっ。でもっ。奈々が他のヤローと手なんかつないで親しげにしてたから。なんかイヤだったんだよっ。かける言葉が見つかんなかったんだよ!」



「鉄平………」


鉄平、あたしが先輩と一緒にいたから。


手をつないでいたから。


ヤキモチやいたってこと?


それって……それってーーーーーー……。


あたしは、なんだかひどく嬉しくなって。


喉の奥が熱くなって。


涙まじりの笑顔で鉄平に聞いたんだ。


「鉄平っ。それってーーーーーー。もしかして。鉄平もあたしのことが好き、ってことーーーー?」


すると。


「前に言っただろっ。オレだって。奈々が幼なじみじゃなくても、奈々のこと好きになってたぞっ。もし、おまえがオレみたく記憶を失くすことがあっても。オレは、おまえが好きだっ!」



鉄平の声が、胸に響く。


あたしは、ずっとこうなりたかったのかもしれない。


ううん……もしかしたら、いつかあたし達はこうなるんだって、ずっと前からわかってた気もする。



嬉しくて、ほっとあったかくて。


ときめいてーーーーーー。


あたしの居場所は、やっぱりここなんだって。


鉄平と一緒にいるあたしが、いちばんあたしらしいんだって…………。


そう強く感じていたの。



鉄平。


鉄平。


鉄平。



「奈々ーっ」


「なによーっ」


「将来よー。しょうがないから、おまえと結婚してやってもいいぞーっ」


3メートル先の鉄平からの、突然の言葉。



えーーーーーーー。



あたしの中で、一瞬時間が止まった。


この一面の雪のように、一瞬、頭の中が真っ白になった。


その中で、あたしの瞳に映るのは鉄平の姿。


まるで、この世界にあたしと鉄平の2人きりになったような。


そんな感覚の中で、あたしは驚くほど心が満たされていく自分に気がついていた。


顔がほころぶ。


笑顔がこぼれる。


そして。


真っさらなこの雪のように、素直な気持ちであたしはこう言っていたの。


「いいよーっ。しょうがないから、鉄平と結婚してやるーーーーーっ」



16歳のプロポーズ。



「しょうがないってなんだよっ」


笑いながらこっちに向かってゆっくり一歩進む鉄平。


「そっちこそっ。しょうがないってなによっ。しかも先に言ったのはそっちでしょっ」


あたしもふざけてムッとしたように言いながら、でも笑いながら。


ゆっくり一歩進む。


そしてお互い立ち止まり。


「バカ奈々っ」


「なによっ。バカ鉄平っ」


あたし達はそう叫び、お互いの元へ駆け寄って。


ガバッ。


あたしは、両手を広げた鉄平に飛びついた。


まるでコアラのように。



「ぎゃははははは」


あたしを抱っこしたままクルクルと回る鉄平。


大はしゃぎのあたし達。


そのままバタンと倒れ込んで、2人で仰向けで雪の上に寝転んだ。


視界に広がる一面の空。


さっきまでの薄曇りの空が、澄み切った青空に変わり優しい光が差し込んでいた。


「キレイ………」


あたしが小さくつぶやいた直後。


「くしゅんっ」


あたしからくしゃみ。


思わず顔を見合わせる2人。


「おまえ、鼻水垂れてっぞ」


鉄平が笑いながらあたしの頭をこづいてくる。


「そういう鉄平も鼻水出てますぅー」


あたしも笑いながら指をさす。


そんな自分達の様子に、あたしは無性におかしくなって、鉄平の顔を見ながら思いっ切り吹き出してしまった。


「あ、おいっ。なに人の顔見て吹き出してんだよっ」


鉄平がむくっと起き上がる。


笑いの止まらないあたし。


楽しい。


鉄平と一緒にいると、楽しい。


そして、嬉しいんだーーーーーーーー。


あたしは寝転んだまま。涙が出るほど笑った。


そんなあたしを見ていた鉄平も。


「笑い過ぎだっつーのっ」


と、言いながら笑ってる。



やっぱり、あたしは鉄平が好きだーーーー。



ずっと一緒にいたい。


とてもロマンチックとは言えない2人かもしれないけど。


あたしは、今最高に幸せだ。



ゆっくりと起き上がるあたしを、鉄平がそっと抱き寄せた。


ずずっと鼻水をすすって、笑い合うあたし達。


そして。


優しくてそっと、キスをしたーーーーーー。








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