21

「鉄平っ。ダメだよ、無理しちゃ。あたしが手伝うから」


駆けつけると。


「平気だよ」


そう言うと、鉄平はさっさと自分で車イスをこぎ出したの。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


あたしはテーブルの上の自分のペットボトルを持って、慌てて鉄平に駆け寄った。


「これね、琉島先輩が鉄平にくれたんだよ。プリンだって。美味しくて人気らしいよ」


鉄平にプリンの入ってる箱を差し出すと。


「いらねーよ。奈々が食えよ」


目もくれずに、ぶっきらぼうにはねのけたんだ。


ちょ……。


「鉄平?」


あたしが立ち止まると、鉄平も車イスを止めた。


そして、あたしの方を振り向いてこう言ったの。



「オレ、アイツ嫌い」



「ーーーーーーーへ?」


あまりに唐突な発言に、あたしは一瞬あっけにとられてしまった。


先輩が嫌い……って。


「な、なんで?琉島先輩すっごくいい人だよ?ほら、鉄平のためにプリンだって……」


なんとなくムスッとしたまま、鉄平は車イスをこぎ出した。



えええー?


なんでなんでーーー?


なにそんなに嫌ってんの?


だって、たぶん琉島先輩のことだって当然記憶にないだろうから。


おそらく鉄平にしてみれば、初対面……ってカンジでしょ?


そもそも、学校でだって直接話したことだってないだろうから、元々接点だってないだろうし。


なのに、なんで?


しかも、よりによってあんなに優しくていい先輩を……なぜにっ?


「鉄平待ってよっ。なんで?なんで琉島先輩嫌いなの?」


鉄平の横にくっついて早歩きしながら聞くと。


「ーーーーーなんとなく」


止まりもせずに即答。


な、なんとなくぅ⁉︎


「なんとなくって……。なによ、それー。先輩は、鉄平のことすごく心配してくれてるのに」


「心配なんかされなくていいよ。オレ、別にアイツ知らねーもん」


心配、なんか?


「心配なんかって言い方はないでしょ?」


あたしと鉄平の会話の中に、なにやらケンカっぽい雰囲気が流れてきた。


「それに、なんで急にそんな怒ってんの?つんけんしてさ」


「怒ってねーよ」


「怒ってるじゃんっ」


「怒ってねーよっ。……もう帰っていいよ。アイツ、奈々と帰りたかったんじゃねーの?別にオレ見舞いたくてここに来たわけじゃねーよ」


「なんでそんなこと言うの?こうやって鉄平のためにわざわざプリンだって買ってきてくれたのに……。先輩は、すごく優しい人なのよ。だから、あたしにも気を遣って『いつ帰るの?』って聞いてくれたんだよ」


「ほら。やっぱり奈々と一緒に帰ろうとしてたんじゃん」


「だから違うって!」



いつの間にやら、あたし達の間に険悪ムードが漂っていた。


どうして?


なんで?


こんな時にまでケンカ……?



なんだか悲しくなって思わず涙腺が緩みそうになった時、鉄平がボソッと口を開いた。


「オレ、部屋戻って寝るから。奈々も帰れよ。もう暗いし……」


冬の陽は短い。


確かに外はもう薄暗い。


「……帰る」


あたしは階段を駆け上がって、鉄平の病室に置いてあったコートとカバンを取ると、また階段を駆け下りて外へ飛び出した。





「はぁ……」


白い雪がちらちらと降っている。


自分の乱れた呼吸が、煙のような白い息になって外に広がる。


……どうして?


なんでこうなっちゃったの……?


記憶があってもなくても、結局またケンカ?


今は、鉄平とケンカなんてしたくないのに。


ケンカなんかしてる場合じゃないのに。


こんなんじゃ記憶が戻るどころか、気持ちすらも離れていっちゃうよ。


ポロ。


涙がこぼれた。


もぉ……あたし泣いてばっかりだぁ……。




「ーーーーー佐河?」


え?


聞き覚えのある声。


振り返ると、さっき帰ったハズの琉島先輩がそこに立っていたの。


あたしの泣き顔を見て驚いた顔をしてる。


「先…輩」


なんで?どうして?


さっき帰ったんじゃ………。


あたしは慌てて涙を拭った。


「なんかあったのか?」


先輩が歩み寄ってくる。


「先、先輩こそ、どうしたんですか?」


「いや……佐河、待ってたんだ」


え……?



「一緒に帰りたくて」



くしゃっと髪をかき上げて、少しうつむいたままの先輩。



ウソ。


あたしを……待っててくれたの?


先輩が……?


この寒い中を、ずっとーーーーーー?



言葉が出なくて。


だんだん暗くなっていく空から、ただ静かに小雪だけがちらついていた。


「迷惑……だった?」


先輩が、ちょっとすまなそうな顔で自信なさげにあたしに聞いてきた。


「ぜ、全然ですっ。とんでもないですっ。迷惑だなんて!め、め、めっそうもないっ。嬉しいですっ。すごく……」


なぜか妙に緊張してしまって、あたしは真っ赤な顔でブンブン首を横に振った。


「よかった。じゃ、一緒に帰ってくれる?」


そう言って。


先輩は、優しい笑顔であたしにそっとハンカチを差し出してくれた。


先輩ーーーーーー……。


「……はい」


あたしは、自然と笑顔になって。


そしてまた涙がこぼれそうになっていた。





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