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「佐河……。どういうことかな……」



黙っていた先輩が、静かに口を開いた。


「………………」


なにを言えばいいの……?


なにも言葉が浮かばない。


先輩の顔が見れない。


「……佐河」


先輩の声。


「ご……ごめんなさい……」


「……どういう意味?」


「ごめんなさい……」


あたしはうつむいたまま。


口から出るのはその言葉だけ。


だって、だって。


自分でもなにがなんだかわかんない……。



「佐河。謝らなくていいから、ちゃんと説明して。オレの方見てよ」


「……ごめんなさい」


『ごめんなさい』の言葉しか出ないあたしに、先輩が小さくため息をついた。


そして。


「オレ、わかんないよ。佐河が……」


「………………」


「佐河言ったよな?利久原とはなんでもないって……」


「………………」


「なんでもなかったら。オレの手……振りほどいたりしなくないか……?」


ズキン。


先輩の言葉が胸に刺さる。


あたし……どうしてあんなことしちゃったんだろう。


でも、鉄平の顔を見た瞬間。


反射的にそうしてしまったんだ。


うつむき続けているあたしに、先輩は言ったの。



「気持ち整理して言いたいことまとまったら、話して……。今日は別々に帰ろう」


え……。


少し寂しげな先輩の声。


そして、静かにあたしから離れていった。




「ーーーーーーーーー」



あたしは、結局なにも言えないまま。


先輩の背中が遠ざかる。


さっきの鉄平と同じように……。


先輩は振り返ることなく、あたしの前からいなくなった。


ポツン。


ひとり立ち尽くすあたし。


喉の奥が熱くなる。


ポロ……。


涙がひと粒こぼれた。


あたし……なにやってんの……?


鉄平も琉島先輩も。


あたしの前からいなくなったーーーーー。






トボトボ。


あたしは、ポップコーンの入ったビニール袋をブラブラさせながら、ひとりうつろな足どりで歩いていた。


気がつくと、あたしは鉄平が入院していた病院のすぐそばにある自然公園のところまで来ていたんだ。


……どうしてここに来たんだろう。


あたしはぼんやりする頭で病院を眺め、それからフラフラと公園の中に入っていった。


誰もいない公園。


あたしは、ベンチの上に積もっている雪をはらって静かに座った。


澄み切った青空。


大きく深呼吸する。


冷たく澄んだ空気が、体の中に入ってくる。


気持ちいい。


冬はいちばん空気がキレイなんだ。


見上げた青空。


視界に広がる、空とこの公園と病院。



この数ヶ月ーーーーーーー。


この場所でいろいろあったよね……。


鉄平が事故に遭って、アイツを失うかもしれないーーーーーーそう思った時。


初めて、鉄平が自分にとってどれほど大切な人だったかってことに気がついて……。


でも、その鉄平が記憶を失って……。


苦しくて、切なくて。


あたしもちとせもてつやも。


だけど、いちばん辛かったのは鉄平自身だったよね。


みんながんばってたよね。


でも………。


がんばってたけど、それでもやっぱりいっぱい悩んだし、いっぱい泣いた。


そんな時、いつも先輩があたしを励ましてくれたよね。


憧れの存在だった琉島先輩が、だんだんあたしの近くの人になっていったよね。


鉄平の事故がきっかけで、いろんなことが変わり始めて。


あたしは、鉄平と先輩の2人に告白されたの。


見上げた青空に、鉄平の笑顔と先輩の笑顔が浮かび上がる。


「………………」


あたしは、ベンチにのすぐそばに落ちている折れた枯れ枝を見つけて、そっと手に取った。


公園は、一面真っ白なキャンバス。


あたしはその棒切れで、ゆっくりと名前を描いた。


彼と、彼の名前をーーーーーーー。



リクハラ テッペイ。


ルトウ タツヤ。



あの時はどうしていいかわからず。


あたしは2人の気持ちに応えられなかった。


だけど、クリスマスイブの日。


道路に飛び出したちびてつを助けた鉄平は、その衝撃で再び記憶を取り戻して……。


そのことがひとつの区切りとなって、あたしはまた、改めて先輩に告白されたんだ。


先輩の優しさとあったかいぬくもり。


そして、先輩がどれだけあたしのことを大切に想ってくれてるかがわかって。


先輩にクロスのネックレスをプレゼントされたクリスマスの夜。


あたしは先輩にYESの返事をしたんだ。


いつも優しかった先輩。


あたしのことを好きでいてくれた先輩。


あたしは、先輩の気持ちに応えたい……そう思っていたの。


でも……。


鉄平のことが、どうしても頭から離れなかったんだ。


離れなかったんだ………。


そっと雪に描いた名前を指でなぞった。



リクハラ、テッペイ……。


ルトウ、タツヤ……。



2人ともあたしにとって本当に大切な人。


初めてあたしに告白してくれた、忘れらない人ーーーーー。


「あ……」


あたしは、雪の上の2人の名前を見て気がついたの。


「………T・R………」


苗字も名前も同じ頭文字。



T・Rーーーーーーーー……。



2人とも、同じイニシャルだったんだ……。


小さな偶然。


ささやかな偶然。


よくある出来事。


だけど、だけど……ーーーーーー。


ポロ……。


涙がこぼれ落ちた。



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