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ウソッ。
あたしは思わず目をそらして、さりげなく先輩の影に身を潜めたんだ。
鉄平だけじゃない、てつやもいたような気もする。
サッカー部の連中かな。
今日は練習ないのかな。
でも、よりによってなんで?
ドクドクドク。
心臓が重く早く響く。
誰も、あたしと琉島先輩には気がついてないみたい。
もちろん先輩も。
でも、なんであたし隠れてるの?
堂々としれてばいいのにーーーーーー。
「佐河?どうかした?」
先輩の声。
「えっ?いえ。なんでもないですっ」
「今の話、聞いてた?」
「え」
やばい、鉄平のことに気を取られて先輩の話、全然聞いてなかった。
「おいおい、大丈夫か?これから映画観るのに眠くなったか?」
先輩が笑ってる。
「す、すみませんっ。全然眠くなんてないですっ。なんかボーッとしちゃって……」
そう言いながらも、あたしは鉄平のことが気になっていて。
視界の隅でアイツのことを見ていた。
どうか、こっちに気づかないで。
お願いーーーーーーー。
なぜかあたしは、見られたくない。
そう思ったの。
琉島先輩と一緒にいるところ。
鉄平には見られたくないーーーーーーー。
そう思ってしまったんだ。
みんな気づかないで。
あたしの頭の中はそのことでいっぱいで、なぜだか今すぐにでもここからいなくなりたい気持ちになっていた。
映画が始まっても、あたしはちっとも集中できなかったんだ。
上映時間のちょっと前に席についたけど、その時も鉄平達と八合わすことなく、とりあえずホッとしている自分がいた。
隣に座っている先輩は、あたしがこんな風にソワソワしているとは知らずに、映画を楽しんでいる様子だった。
鉄平達もこの場内のどこかにいるのだろうか。
それとも、もう観終わって帰るところだったのだろうか。
できればそうであってほしい。
なんでかわからないけど、今は鉄平にだけは会いたくなかった。
どうしても、会いたくなかったんだ。
3時間近くの長い上映も終わり、場内が明るくなった。
ガヤガヤといっせいに席を立つ人達。
その人混みの中に鉄平がいないかと、あたしはソワソワしていた。
どうかいないで。
心の中でそればかり考えていた。
「おもしろかったなぁ」
先輩が満足気にあたしの方を向く。
「は、はい」
作り笑顔であたしは返事をした。
「ポップコーン、うまくて全部食っちゃったよ」
楽しそうに笑ってる先輩。
「あれ。佐河、全然食ってないじゃん」
「え?あ……」
あたしの手にあるポップコーンは、ちっとも減っていなかった。
「具合でも悪いのか?」
心配そうにあたしを見る先輩。
「いえっ。なんかいざ食べようと思ったら、お腹いっぱいだったみたいで……」
明るく笑って振る舞うあたし。
「それならいいけど。やっぱあんまり食わないんだな。細いもんな」
「そ、そんなことないです」
「そういえば。それ、よく似合ってるよ」
先輩が、あたしの首元のネックレスを見て優しくほほ笑んだ。
「あ……ありがとうございます」
先輩の言葉も、頭に入らずすり抜けていく。
「そろそろ出るか、空いてきたし」
「は、はい」
あたしと先輩は出口に向かって歩き出した。
途中、自分のゴミと一緒にあたしの空になったドリンクのカップもひょいっと取ってゴミ箱に捨ててくれた。
そして、先輩は空いた手であたしの右手をつないできたの。
あ……。
ホントなら、嬉しくてたまらないハズなのに。
ドキドキして、胸がときめくハズなのに。
今、楽しいデートをしてるハズのに。
琉島先輩のことが、好きなハズなのに。
それなのに、あたしは。
今は、手をつなぎたくないーーーーーーー。
そんなことを思ってしまったんだ。
鉄平に……見られたくない。
そんなことばかり、考えていたんだ。
あたし、どうしちゃったの?
変、変だよ。
なんでこんなに鉄平が気になるの?
なんで……。
鉄平に見られたくないなんて思うの?
だけど、そんなあたしに神様がついに意地悪をしかけてきたんだ。
映画館のロビーで。
なにかに引き合わされたかのように、あたしは鉄平とバッタリ出会ってしまったんだ。
あーーーーーーーー。
驚いた顔であたしを見る鉄平。
その瞬間。
ばっ。
あたしは弾かれたように、つないでいた先輩の手を振りほどいてしまったんだ。
あ。
先輩がパッとあたしを見る。
やばいっ……。
あたし、なにやってんの……?
ドクン、ドクン、ドクンーーーーーー。
心臓の音が鈍く響く。
顔を上げれない。
あたしは、鉄平の顔も先輩の顔も見れなかった。
すると。
鉄平が、なにもかもなかったかのように、なにも見えなかったかのように。
すっとあたしの前を横切ったんだ。
え………?
あたしは静かに顔を上げた。
「なぁ、腹へんねー?なんか食いに行こうぜー」
向こうにいるてつや達に話しかける鉄平。
遠ざかる鉄平の後ろ姿。
てつやが気まずそうにちらっとこっちを見た。
鉄平は、あたしの方を一度も振り返らずに映画館を出て行ったんだ。
「ーーーーーーーー」
無視………?
ドクン、ドクン、ドクン。
さっきよりも更に重く鈍く心臓の音が鳴り響いている。
なんだか、心も体も空っぽになったみたいで。
あたしは呆然と立ち尽くしていたの。
今、あたしの隣に先輩がいるということさえ、忘れてしまったかのように。
鉄平が消えていった方向を、あたしはずっと見つめていた。
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