35

「ねーちゃん、オレすごいキックできるよ。見る?」


「うん、見たい見たい」


ちびてつが嬉しそうにボールをうっすら雪の積もる芝生の上に置く。


「よーし、行け!ちびてつっ」


鉄平の声にちびてつが元気よくうなずく。


ふふ、カワイイ。


みんながあたたかい目で見守る中、ちびてつが力いっぱいボールを蹴った。


ところが。


その蹴ったボールは、中庭の芝生の上を越え、すぐ横のアスファルト部分に飛び出してしまったんだ。


「あー」


ちびてつがとっさに駆け出してボールを追いかけていったの。


ところが。


ボールをつかむハズが片手ではうまくいかず、走り寄った勢いが止まらないまま、誤って再びボールを蹴ってしまったんだ。


あ……。


コロコロ。


病院の敷地外へ向かうなだらかな傾斜の道路を、ボールは緩やかに転がっていく。


その先に待っているものは、車がビュンビュン行き交う国道だった。


「ちょ……」


確実に、病院の敷地外の国道に向かって転がっていくボール。


そして、そのボールを夢中で追いかけるちびてつ。


「ちょっとっ。あの子、道路に出ちゃうっ!」


ちとせの声。


ハッと胸が凍りつく光景。


ちびてつは、既に国道ギリギリのところまでボールを追いかけていってしまっていたんだ。


サッカーボールを拾うことに夢中になっているちびてつは、そのことに全く気がついていない。


危ないっ!



「てっぺいっ!」



叫び声と共に、鉄平が走り出した。


やだ。


ボールが国道に転がり込んだ。


そして、ちびてつが夢中でそのボールのあとを追いかけて、そのまま国道に飛び込んでしまったんだ。


右方向から、迫ってくる1台のトラック。


ウソ!!



パーーーーーーーーーッッ!!



けたたましいクラクションの音。


「イヤーーーーーー!!」


あたしの口から漏れる悲鳴。


危ない!!


血の気も凍りつきそうになったその瞬間。


「てっぺいっ!!」


迫り来る真横のトラックの前に、鉄平はちびてつを助けるために飛び込んだんだ。


鉄平!!



パーーーーーーーッッ!!


鳴り響くクラクション。


ーーーーーーーー!!



あたしは思わず目を伏せた。




パーーーーーーー……。


クラクションの音が、右から左へ通り過ぎていった。


ドクン、ドクン、ドクン。


重く鳴り響く心臓の音。


おそるおそる目を開けると。


道路の端で、鉄平がちびてつをしっかり抱きかかえて倒れ込んでいた。


まさしく間一髪のところで、鉄平がちびてつを抱きかかえてそのまま道路脇に飛び込んだんだ。



「鉄平っ!!」


あたし達が駆け寄ると、かすり傷を負いながらも、鉄平はなんとかゆっくり起き上がった。


「2人とも、大丈夫っ⁉︎」


無事でよかったものの、事の重大さにようやく気がついたのか、ちびてつが途端に火がついたように泣き出した。


あたしの心臓もバクバクいっている。


よ、よかったぁ……。


ホントによかったよぉ………。


あたしも安堵感から、一気に涙が溢れ出た。


さっき、一瞬。


鉄平が事故に遭った時のあの恐ろしい場面が、あたしの頭に蘇ったの。


もう二度と、あんな場面は見たくない。


きっと、ちとせてつやも同じだったハズ。


「鉄平っ。大丈夫⁉︎」


あたし達は、涙ながらに鉄平のそばにしゃがみ込んだ。


ちびてつが、わっとあたしの首に抱きついてきた。


「もう大丈夫だよ……。てっぺいくん、ケガはない?腕は?痛くない?」


ちびてつが泣きじゃくりながらうなずく。


よかった……。


鉄平がしっかり抱きかかえていたおかげで、ちびてつは全くの無傷で済んだんだ。


鉄平の方は、手や顔に少しかすり傷ができていて、ところどころ血が滲んでいた。


「鉄平、わかる?大丈夫?」


ちとせやてつやが慎重に鉄平の体を起こそうとすると。


「……なんともねーよ、これくらい」


自分でゆっくりと立ち上がったの。


よかった……鉄平も大丈夫そう……。


「おい、奈々。なに泣いてんだよ」


鉄平があたしの方を見て笑った。


「だ、だって……」


あたしが涙をぬぐっていると。


「わりぃ、てつや。ボール間に合わなかったわ」


鉄平は、道路に転がっているつぶれたサッカーボールに視線を移した。


え……。


鉄平のそのしゃべり方に、あたしはなにかを感じたの。



……鉄平……?


「なに言ってんだよ。そんなのどうだっていいよ。おまえらが無事でよかったよ」


てつやが鉄平の首にガシッと腕を回して喜んでいる。


「あのボール、サッカー部のだよな。1個ダメにしちまったな。星野ほしのキャプテンに謝っといて」


鉄平が、ちょっと笑いながら言ったんだ。


「なんともねぇって、そんなの。……っつーか。鉄平……おまえ今『星野キャプテン』って言った……?」


てつやも言いかけて、すぐにハッとした顔をしてる。


ちとせも同じ。


あたし達、星野キャプテンの話なんて、してないよね………?


鉄平……?



「鉄平、おまえーーーーーーー」



てつやが鉄平の肩をつかんだ。


すると。



「ーーーーーーー全部、思い出した。長い間、心配かけて悪かったな」



ハッキリした口調で。


そしてすがすがしい顔で、鉄平があたし達にそう言ったんだ。




「ーーーーーーーー」


あたし達3人は、言葉が出なかった。


今、あたし達の目の前にいる鉄平は、さっきまでの鉄平ではなく。


まぎれもなく、あたし達のよく知っている元の、鉄平ーーーーーーーだった。



鉄平。


鉄平。


鉄平。



「鉄平ーーーーーーーーーっ!!」



あたしは、溢れる涙を堪えきれずに、ぐしゃぐしゃの泣き顔で目の前の鉄平に抱きついた。




12月24日、クリスマスイブ。


この日、トラックにひかれるところだった小さな男の子を命がけで助けた鉄平。


そして、その瞬間の衝撃が、今まで眠っていた鉄平の記憶を突如呼び覚ましたんだ。


事故で記憶を失い。


事故になりかける一歩手前の危険な状況の中、再び記憶を取り戻した鉄平。


こんなことが起こるなんて。


誰が想像できただろうか。


ずっと待ちわびていた、この時ーーーーー。



これはきっと、神様とサンタクロースからのプレゼントに違いない。


そう、それは……きっと、世界でいちばん嬉しくて幸せな、クリスマスプレゼントだったんだ。







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