16

「佐河っ」



「え?」


ウソ、琉島先輩だ!


「どう?元気にしてる?……って聞くまでもなく元気そうだな」


相変わらずの優しい笑顔。


「はいっ。先輩のおかげで元気でやってます」


ペコッとお辞儀した。


「オレはなにもしてないよ。それにしても。佐河が髪切った時はビックリしたけど、こっちもよく似合ってるじゃん」


コツン。


ドキン。


これで二度目だ、先輩におでここづかれたの。


ドキドキしてたら。



「コンパス?」


「あ、次の数学で使うんです。でもうっかり忘れてきちゃって。それで友達に借りに……」


ちょっと苦笑いしてたら。


「佐河らしいな」


そう言って、先輩がカラカラ笑った。


「今日も行くの?病院」


「はい。今日は、写真を持って行って鉄平に見せようと思ってるんです」


「写真?」


「クラスの写真とかいろいろ。ホントは鉄平が大好きなサッカーしてる写真をいちばん見せたかったんですけど、残念ながらなくて……。でも、みんなの写真とか見たらなにか思い出すかもしれないし……」


あたしがそう言うと、先輩は少し考えるように腕組みをしてからこう言ったんだ。


「サッカーしてる写真か……。それなら。オレが見つけてきてやるよ」


「え?」


「部活の写真なら、生徒会のヤツとか持ってそうだし。帰りまでに用意して佐河に渡すよ」


「え、いいんですか?嬉しい……。ありがとうございます!じゃあ、あたし取りに行きますっ。どこに行けばいいですか?」


「いいよ。オレが佐河のとこに行くから」


ふっと笑って。


「チャイム鳴るからオレ行くわ。じゃあな」


軽く手を上げて先輩が歩いていった。


先輩、優しい……。


胸がドキドキいっている。


チャイムが鳴り始めても、あたしはその場でボーッと突っ立っていた。






「ねぇ。琉島先輩って、奈々に気があるんじゃないのぉ?」



病院へ向かう途中の、夕暮れのポプラ並木の道。


ちとせがニヤニヤこづいてきた。


「なに言ってんのよ。そんなことあるわけないでしょー。先輩は、ただいろいろ協力してくれてるだけ。優しい人なのっ」


先輩があたしに気があるなんて。


めっそうもない。


カサコソ落ち葉を踏みながら、あたしは先輩のくれた鉄平がサッカーをしている写真を見ていた。


楽しそうにボールを追っかけている。


あ、これ転んでる。


ぶ、このまぬけ面。


くすくす。


「なぁなぁ、オレも写ってる?」


てつやが覗き込んできた。


「ざーんねん。てつやは写ってないのでしたぁ」


「ちぇー」


「でもさー。鉄平がいなくて……。サッカー部はどんなカンジ?」


ちとせがてつやに聞いた。


「まぁ……いつまでも落ち込んでるわけにもいかないからさ。なんとかがんばってやってるよ。うるさかったアイツがいないから、なんとなく静かっつーか、暗いっつーか……。そんなカンジはあるけどな」


「そっか……」


カサカサーーーーーーー。


ちょっとの間無言になって、落ち葉を踏む音だけが響いていた。




もうすぐ冬がやってくる。


また、雪の季節がやってくるのかぁ……。


鉄平は、いつ元気な鉄平に戻るんだろう。


いつまでああやってベッドの上にいるんだろう。


そんなあたしの気持ちを読んでくれたかのように、ちとせが心配そうに言った。


「……学校って、何日くらいまで休んでいいんだっけ?」


「わかんない……」


「鉄平、ちゃんとあたし達と一緒に2年生になれるのかな……」



そんなこと考えたくないけど……。


今の鉄平じゃ、到底無理だ。


失った記憶を取り戻さない限り。


「……なんだよっ。暗くなんなよっ。これから鉄平に会いに行くってのに」


てつやが、あたしとちとせの背中をポンッと叩いた。


「……そうだよね。あたし達ががんばらないと、鉄平もがんばれないよねっ」


「そのとおりっ。早く鉄平に写真見せようぜ。これもっ」


てつやがサッカーボールをひょいっと投げてイタズラっぽく笑った。


「うん!」


ひょっとしたら、鉄平もなにか思い出すかもしれないーーーーーー。


そんな期待を胸に、あたしは元気に歩き出した。




ーーーーーーーーーーーーーー




「ーーーーこれ、あたし達のクラス写真っ」



ドキドキしながら、あたしは鉄平に入学式の時に撮った集合写真を見せた。


「クラスの……?」


キョトンとしながら、マジマジと見つめてる。


「これ……オレ?」


写っている男子の中で、ひと際目を引く整った目鼻立ちの男の子。


真ん中の列に立っていて、いかにもイタズラ好きそうなやんちゃな瞳をしている。


「ーーーーーーそう、それが鉄平だよ」


「へぇ……。あ、これてつやだ」


「そう、オレだよ。その隣のヤツが石崎。ほら、ちょっと髪の長い」


てつやが指差して教えるけど。


「誰だっけ……」


クラスのみんなのことも全然わかんないみたい。


やっぱり……そう簡単には思い出せないよね。


わかってはいたものの、ピンときていない目の前の鉄平の反応に、胸が少し痛くなった。


「これが、ちとせさん……だね。あ、これ……」


鉄平が、ちょっとビックリしたようにあたしを見た。


「え?」


「髪、なげーじゃん。奈々」


え。


「ーーーーーーあ、うん。前はね」


一瞬、ドキッとしちゃった。


だって今のしゃべり方……まるで、記憶がなくなる前の鉄平みたいだったから。


「ねぇ、鉄平。どうでもいいけど、なんであたしだけいまだに『ちとせさん』なのぉ?」


ちとせがふざけて腕組みしてる。


「奈々のことは、もうすっかり『奈々』って呼び捨てなのにー」


「あーーー……。だって、奈々はなんか『奈々さん』ってカンジじゃないんだよな。よくわかんないけど」



ドキンーーーーーー。



鉄平……?


ちとせとてつやが顔を見合わせてる。


「なんか知らないけどさ、奈々だけはなんか前にどっかで会ったような……。なんていうか、そんな気がするんだよな。最近」


「ーーーーーーーー」


言葉が出なかった。


喉の奥から熱いものが込み上げてくる。




鉄平が……鉄平がなにかを感じている。


なにかをつかみかけている。


あたしのことを思い出し始めてる……?


だけど、結局わからなくて。


思い出せなくて。


そんなもどかしさと切なさに、思わずあたしの目から涙がこぼれた。



「奈々……?」


鉄平が驚いたようにあたしを見る。


「あ……ごめんっ。なんか、目にゴミが入ったみたい。ちょっとトイレ行ってくるね!」


無理に笑って、あたしは病室を飛び出した。


我ながら、今時『目にゴミが入って』ーーーなんて言うヤツいるか?と思いつつも。


ポタポタ、ポタポタ……。


大粒の涙が、あとからあとからこぼれ落ちてくる。


泣いちゃダメだ。


泣いちゃダメだ。


元気にがんばるって、決めたじゃない。


そう自分に言い聞かせても。


いったん溢れ出した涙は、簡単には止まってはくれなかった。


今までピンと張り詰めていた糸が、プツンと切れたように。



そして。


バタバタバターーーーーー。


あたしは、冷たい廊下をがむしゃらに駆け抜けていったんだ。





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