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「いらっしゃいませー」


ウエイトレスの声に、あたしは入り口の方を見た。


……先輩じゃなかった。


少しだけほっとするあたし。


ああ、ドキドキする。


やっぱり、いざ先輩と向き合って話すとなると緊張するよ。




昨日ーーーーーー。


あたしはちとせと別れたあと、家に帰ってから先輩に電話したんだ。


話したいことがあるので、会って下さいって。


先輩は『わかった』のひと言で。


場所と時間だけを決め電話を切ったの。


でも、先輩の声はなんだかとっても……穏やかな声だったんだ。



あたしは、ずっと手に持っている小さな箱を見つめていた。


先輩がくれた、クロスのネックレスーーー。


あたしは店内をゆっくり見渡した。


このこじんまりとした小さなカフェ。


店内のどこにいても、すごく日当たりがよくて。


でも、どこかレトロな雰囲気で。


なんか落ち着くカンジで、居心地がよくて。


先輩と何回か来たよね。


先輩はコーヒーであたしはパフェ。


その時。


「いらっしゃいませー」


また、ウエイトレスの声。


入り口を見る。


「あ……」


そこには、あたしが待っていた琉島先輩の姿があった。





「ーーーーーー話って?」


コーヒーを飲みながら、先輩が穏やかな口調で切り出した。


ドキドキドキドキ。


ど、どうしよう、緊張する。


で、でもちゃんと言わなきゃ。


あたしの本当の気持ちーーーーーー。


あたしは、小さく深呼吸した。


そして。


「………ごめんなさいっ」


ペコ。


頭を90度に下げて、あたしはぎゅっと目を閉じた。



「あたし……。やっぱり先輩とはつき合えませんっ」



数秒の沈黙の中。


先輩がふっと笑ったの。


………え?


静かに顔を上げる。


すると、先輩が優しい笑顔でこう言ったんだ。


「ーーーーーやっぱりふられちゃったか」


……先輩?


「なんとなくわかってたんだ。佐河も利久原のことが好きなんじゃないかって」


「え……?」


「わかってたけど、知らないフリしてた。認めたくなくて、どうしても佐河のことが諦められなくて」


先輩……。


「あ、あのっ……。あたし……。自分のホントの気持ち、全部話します。ごまかさないでちゃんと言いますっ」


あたしは、テーブルの上のジンジャーエールをぐびっと飲んだ。



「あたし………。先輩のこと、入学した時からずっと憧れてました。だから、先輩があたしにつき合おうと言ってくれた時もすごく嬉しくて、でも信じられなくて……。夢みたいでした。それから先輩とつき合って。やっぱり先輩はステキだな……って思ってました」


あたしは再びぐびっとジュースを飲む。



「でも………。どうしても、鉄平のことが頭から離れませんでした。鉄平の事故がきっかけでいろいろあって。あたし自身も変わって……。変わったというか、ホントの自分の気持ちに気がついたというか……。


あたし、やっぱり鉄平じゃないとダメなんです。アイツが近くにいないとダメなんです。幼なじみだからとかじゃなくて、ひとりの男の人として。


アイツが、好きなんですーーーーーーー」



ぐびっぐびっぐびっ。


あたしは、残りのジュースを一気に飲み干した。


い、言った………。


あたしの気持ち、出し切った。


あたしがふぅーっと息をつくと。


今まで黙ってあたしの話を聞いていた先輩が、突然笑い出したんだ。


おかしそうに髪をかき上げながら笑っている先輩。


ポカンとするあたし。


な、なんで笑ってるの?



「やっぱり佐河はカワイイよ。顔真っ赤にしながら一生懸命話すんだもんな」


えっ?


ウ、ウソ。


あたし顔真っ赤?


恥ずかしくて思わずうつむくと。


「でも、ありがとう。正直に佐河の気持ち、話してくれて」


先輩が、真面目に……でも優しい瞳であたしに言ったの。


「そんな風に。いるも明るくて素直で一生懸命で。学校でもいつも元気で楽しそうでさ。カワイイなっていつも思ってた」


「そ、そんな……あたしなんか全然っ……」


恥ずかしくて、更に顔が熱くなって、あたしはますますうつむいてしまった。


「でさ。気がついたら、いつも佐河を探してるオレがいた。いつの間にか好きになってた」


先輩……ーーーーーー。


「だから。佐河が落ち込んでたり、泣いてたりしてた時。そばにいて守ってあげたい、元気にしてあげたい、笑顔にしてあげたい。そう思ってた。でも……佐河をそうさせてあげられるのは、オレじゃないみたいだな」


優しく笑う先輩。


「………先輩。ホントにごめんなさい……。それと、たくさんありがとうございました」


あたしは深く頭を下げた。


そして、ずっと左手に持っていたネックレスの入った小さな箱を静かにテーブルに置いたんだ。


「……先輩。これ………お返しします。このステキなネックレスを持っている資格は、あたしにはありません」


先輩がそっと箱を手に取った。


「もう、オレのこと思い出したくない?」


「ち、ち、違いますっ!そういう意味じゃなくてっ……」


あたしが慌てて言うと、先輩が笑いながら言ったの。


「わかってるよ。真面目で律儀だな、佐河は。全然気にしないで持っててくれていいのに。でも、そうだな……。佐河がこれも持ってて利久原とケンカの種になっても困るしな」


「そ、そんなっ」


「じゃあ、オレがもらっとくかな。向こうで新しい彼女でもできるまで、これ見て佐河のこと思い出して泣いちゃおう。なーんて。ジョーダンだけど」


イタズラっぽく笑う先輩。


「……向こう?」


向こうって……?


あたしがキョトンとしていると、先輩が

言ったんだ。


「オレ、卒業したらアメリカに行くんだ」



え………?


アメリカ?



「アメリカーーーーーー⁉︎」



あたしは身を乗り出しながら、スットンキョーな声を上げてしまったんだ。



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