20

ロビーに着いたあたし達は、大きな窓のすぐ目の前のソファに座った。


今日は降ってないけど、辺りはもう白い雪景色。


もうすぐ12月だもんねぇ。


あの事故から、もう1ヶ月半くらい経つのかぁ。


早いな……。



「なんか飲む?」


「うん、ポカリ」


鉄平が、スウェットのポケットから小銭を出してあたしに渡した。


味の好みなんかはどうやら変わらないみたいで、元々好きだった飲み物や食べ物は、記憶喪失になった今の鉄平も同じように好きらしい。


「ちょっと待ってて」


あたしは、近くの自販機に走った。


なんかこんな行動が、すごく自然な感じでフツウっぽくて。


嬉しいようで、少し悲しい。


あたしは、鉄平が元気でいてくれるのをすごく喜んでるけど。


その反面。


これが……今の鉄平が、あたし達にとっても鉄平自身にとっても、そのまま普段の生活のようになって〝当たり前〟みたくなってしまうんじゃないかって。


心のどこかで不安に感じているあたしがいた。


もちろん、前向きに信じてるよ。


だけど。


本当に記憶は取り戻せるのだろうか。


元の鉄平に戻れるのだろうかーーーーーー。




「おせーよ、奈々。迷子にでもなったのかと思ったぜ」


「ごめん、ごめん。何飲もうか迷っててさ」


ポカリを差し出すと。


「サンキュ」


そう言って、鉄平は嬉しそうに飲み始めた。


「………………」


事故に遭う前と、なにも変わらない鉄平の横顔。


「ん?」


「ううん。なんでもない」


あたしは、笑ってお茶のペットボトルを開けた。


「鉄平のおじさんとおばさん、元気?」


「ああ」


鉄平のおばさんは、いつもあたし達が学校に行ってる間に病院に来てるんだ。


おじさんは仕事だから、来るのは夜遅くみたい。



「あのさ……」


鉄平が外を見ながら言った。


「あのサッカーボール……。てつやの?」


え?


「ああ……持ってきたのはてつやだけど、サッカー部の、かな」


「サッカー部ーーーーー」


鉄平が小さくうなずいている。


「そっか……。サッカー部……だよな」


なにか引っかかるんだ、きっと。


「あのさ」


鉄平が、またあたしに問いかけてきた。


「前にも言ったけど……。奈々だけ、みんなとはなんか違うカンジがするんだけど。オレと奈々ってどういう関係だったわけ?」


ドキンーーーーー。


思いがけない鉄平からの質問。


「なんか知んないけど、奈々といると落ち着くっていうか、なんつーか……」


鉄平……。


前に同じようなこと言われた時、あたし泣いちゃったよんね。


でも、もう泣かないよ。


いちばん辛いのは鉄平本人なのに、あたしがメソメソしてたらどうしようもないもん。


あたしは、鉄平にゆっくりと切り出した。



「あたしと鉄平は、幼なじみーーーなんだ」


「……幼なじみ?」


聞き返す鉄平。


「うん。小さい頃からずーっと一緒に遊んだり、学校に行ったり……」


そうやって。



ずっと一緒に歩んできた、大切な人ーーー。



「そんなとこかな」


「オレと奈々が……?」


鉄平が、不思議そうにあたしを見る。


「そっ。あたしと鉄平は家も隣同士だから、特によく一緒にいたかな」


「……家が隣同士?オレと奈々が?」


「うん。ものすごく隣」


あたしが笑って言うと。


「……そうなんだぁ。へぇー……」


驚いたように、感心したように、ひとり小さくうなずきながら窓の外に目を移す鉄平。



こうやって説明しても。


当然ながら、やっぱりわからないんだね……。


ホントはね、うるさいくらい今までのこと全部、いろいろなこと全部、いっぱいいっぱい鉄平に話して聞かせて、無理やりにでも思い出してもらいたい、記憶を戻してもらいたい。


でも、そんなの無理。


そんなことしたところで、鉄平は混乱するだけ。


それにね……怖いんだ。


なにも覚えていない鉄平の反応が。


ホントはね、今もすごく胸が痛い……。




「ーーーーー佐河?」


ふと、後ろから声がして、あたしは振り返った。


するとそこにはなんと、あの憧れの琉島先輩が立っていたんだ。


「先輩⁉︎どうしたんですかっ?」


なんで先輩がここに?


「いや、実はさ。手首ねんざしちゃって」


ひょいと上げた右手首には、白い包帯が巻いてある。


「えっ。大丈夫ですかっ?」


「全然平気。昼休みに久しぶりにバスケやったらさ、調子に乗り過ぎちゃって。このざま」


苦笑している先輩。


そっかぁ……。


まさかこんなとこで先輩に会うなんて思ってなかったら、ビックリしちゃった。


「あ、利久原……大丈夫?」


先輩がソファに座ってちらっとこっちを見ている鉄平に気がついて、優しく心配してくれた。


「あ、はい。鉄平、同じ学校の琉島先輩だよ」


あたしは、慌てて鉄平に先輩のことを紹介した。


「………ども」


無愛想にペコッとお辞儀をすると、すぐ前に向き直った。


もぉ、鉄平ってばそっけないなぁ。


「元気そうだね。あ、そうそう」


先輩は、そっけない鉄平の態度にも気にしてない様子で、手に持っていた手提げの紙袋をあたしに差し出した。


「これ、プリン。あとで病室に寄ろうと思ってたんだ」


笑顔の先輩。


「利久原にあげて。佐河も一緒に食えよ。ここのプリン、美味しくて人気らしいから」


「……いいんですか?わぁー。すみません、ありがとうございます。先輩」


にこりとほほ笑む先輩。


ホント、先輩ってみんなに優しいんだ。


尊敬。


「佐河はいつ帰るの?」


「あ、もうちょっといます。それから……」


「そっか。じゃあ……」


先輩は、鉄平に軽く頭を下げ、そしてあたしに笑顔で軽く手を上げて自動ドアをくぐっていった。


その一連の動きが、自然で大人っぽくて。


先輩の後ろ姿を見送ったあとも、なんとなくカッコイイ余韻に浸っちゃって。


あたしはボーッと立っていたの。


すると、後ろでガシャガシャと音がしたんだ。


振り向いたら、ソファに座っていたハズの鉄平がひとりで車イスに乗り込んでいたの。






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