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なんで……?
なんで先輩がここに……?
「今日、利久原が退院だって聞いたから。ひと言お祝いを言おうと思って」
ガサ……。
「男から花束もどうかと思ったんだけど……。とにかくおめでとう」
先輩が花束を鉄平の前に差し出した。
「……あ、どうも……」
花束を受け取る鉄平。
なんとなく変な空気が流れている。
「今、そこの花屋で買ったところで。これから病院に向かおうかと思ってたんだよ。よかった、すれ違いにならなくて。佐河のケータイにかけたんだけど留守電になってたから、まだ病院かなと思って」
カラッと笑う先輩。
「あ、ごめんなさいっ。あたしケータイ見てなくてっ」
あたしは慌ててバッグからケータイを取り出した。
そんなあたしと先輩のやりとりを、鉄平がなんとも言えない表情で黙って見ていた。
「あ……。鉄平、あの……あのね」
重い雰囲気の中、あたしが鉄平に切り出そうとすると。
「なーんだ。そういうこと」
明るい声を出す鉄平。
「なんで教えてくんなかったんだよ、奈々。よかったじゃん」
「え……」
笑顔の鉄平。
「オレはもうここでいいよ。あとはお2人でどうぞ」
くるっと背を向けると、鉄平はスタスタと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ、鉄平っ」
「いいっていいって。ほら、早く行けよ。琉島さん待ってるぞ」
笑ってる鉄平。
「で、でもっ……。おばさんに鉄平のことよろしくって頼まれたしっ……」
なんかイヤだよ、こんなの。
「佐河、利久原送ってあげて。オレはあとで電話するから」
そう言ってかすかにほほ笑む先輩。
「……すみません。ありがとうございます……」
あたしがペコッと頭を下げると、先輩は穏やかに首を振って静かにその場を去っていった。
先輩……。
あたしが先輩の後ろ姿を見送ってる間に、鉄平はさっさと歩道橋の階段を上り出していた。
「あ……鉄平っ。待ってよっ」
あたしは鉄平を追いかけた。
「ねぇ、鉄平っ」
あたしがそばに行くと、鉄平が歩く速度を緩めた。
「おまえ、あっち行かなくていいの?」
「え、あ……うん。大丈夫……」
「ふーん。……つき合ってたんだ。よかったじゃん。アイツのこと好きだったんだろ?」
「えっ?」
「あの時。オレがおまえを転ばせちゃってスカートめくれた時、アイツいただろ。おまえ、ひっどい動揺してたもんな」
鉄平が笑った。
「そ、それはっ……」
「ま、結局はいろんな面で、オレが2人のキューピッドになったってわけか」
得意げな笑顔の鉄平。
でも、どうしてさっきからあたしの方を見てくれないの……?
鉄平………。
「いつからつき合ってんの?」
「……最近。1週間くらい前から……かな」
「そっか」
「うん……」
それっきり、あたしと鉄平はなにも言わず。
2人の間に沈黙が流れた。
さっきまでのあたし達は、ふざけ合って楽しげに笑ってたのに。
「………………」
あたしの胸に、なんとも言えない寂しさがどんどん押し寄せてくる。
鉄平、今なに考えてるの……?
なんで黙ってるの……?
なんか言ってよ。
こっちを見てよ………。
黙々と歩いていたあたし達は、いつの間にか家の近くまでたどり着いていた。
「奈々」
重い沈黙を破って、鉄平が口を開いた。
「さっき、オレが言いかけたことだけど……」
え……。
鉄平があたしの方を見る。
「オレが、奈々を好きだって言ったこと。あれ……ーーーもう忘れて。っていうか、そんなことオレが言わなくてももう忘れてっか」
え……ーーーーーー?
「オレ、あの時記憶も失くしてたし。どうかしてたんだよ。でも、おまえも男できたみたいだし、ちょうどよかったよ。やっぱオレと奈々は、男と女っつーより、幼なじみってカンジだよな。やっぱ……それ以上にはなんねーな」
「ーーーーーーーー」
「今日はサンキューな。じゃあな」
そう言うと、鉄平は家の門を開けて中に入っていったんだ。
バタン。
静かにドアが閉まる音。
あたしは、なにも言えないまま。
鉄平は行ってしまった。
なんだか、鉄平がどこか遠くに行ってしまったかのような。
このまま会えなくなってしまうような。
なぜか、そんな気がして………。
あたしはただ黙ってその場に立ち尽くしていた。
今まで感じたことのない、鉛のように暗く重い気持ちを抱えたまま………。
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