39
「にーちゃーーーーーんっ」
あたし達が振り向くと、そこにはちょこちょこと一生懸命走ってくるちびてつの姿があった。
「おおー。ちびてつ」
ちびてつは鉄平の目の前で立ち止まると、小さな胸で息を切らしながら。
「にーちゃん、退院しちゃうの?」
ちょっぴり寂しそうな瞳。
鉄平は、優しい笑顔でしゃがみ込んだ。
「おお。もうすっかり元気になったからな。ちびてつも早く元気モリモリになって退院すんだぞ」
ポン。
ちびてつの頭をなでる。
「うんっ。オレ、早く退院して新しいサッカーボールでいっぱいサッカーするっ。そんで、にーちゃんみたいなサッカーの名人になるんだ!」
キラキラ輝くちびてつの瞳。
その眩しいカワイさに、周りのみんながほほ笑んだ。
「おうっ。その意気だっ。ちびてつなら、きっとすごいサッカーの名人になれるぞ!」
「うんっ!」
鉄平がうなずきながら笑いかけていると。
「ーーーー鉄平さん。退院、おめでとうございます。この前は……本当にありがとうございました。もう一度改めてきちんとお礼を言わせていただきたいと思っていたんです。この子を助けていただいて……本当にに感謝しています」
そばにいたちびてつのお母さんが、深々と頭を下げた。
「いえ、全然です。てっぺいが無事で本当になによりです。それに、てっぺいと仲良くなれてオレも楽しかったです。いろんな話ししたり、サッカーしたり。なぁ、ちびてつ」
鉄平が優しくほほ笑むと、ちびてつも満面の笑顔で鉄平を見た。
そんな2人の姿を見て、ちびてつのお母さんも涙まじりの笑顔を浮かべた。
「じゃあ、そろそろ行くかな。母ちゃん、オレみんなと帰りたいから先帰っててくれよ」
鉄平のおばさんが笑顔でうなずいた。
「気をつけてね。奈々ちゃん、鉄平のことよろしくね」
「はい」
そして、あたし達4人はみんなに見送られて病院をあとにしたの。
あたしはそっと振り返って病院を眺めた。
ーーーーーいろいろあったよね。
ふと隣の鉄平を見ると、鉄平も静かに病院を見つめていた。
すると、突然ちとせが声を上げた。
「あっ。ごめん、忘れてた!あたし用事があったんだー」
ちとせを見ると、隣のてつやを肘でつついている。
一瞬キョトンとしていたてつやも、ピンときたように。
「あっ。オ。オレもっ。これから行かなきゃなんねーとこあったんだ」
「えー?」
「と、いうことで。あたし達はこれで失礼するので、奈々と鉄平2人で帰って」
ニヤッとした笑顔のちとせとてつや。
「じゃあねー」
元気に手を振りながら、そのままさっさと行ってしまったんだ。
「ちょっとっ」
「おいっ」
ポツン。
その場に残された、あたしと鉄平。
あの2人、わざとらしいのが見え見えだよ。
たぶん、あたしと鉄平がゆっくり2人で話せるように気を利かせてくれたんだろうけど。
ふっと鉄平と目が合って、思わず笑っちゃった。
「行くか」
「うん」
あたしは鉄平は笑いながら歩き出した。
なんだか、こうして鉄平と2人で歩くのなんて久しぶりだ。
ちょっと照れくさい気もするけど、なんか嬉しい。
「鉄平、ホントによかったね。おめでとう」
「おう。奈々……いろいろありがとな」
鉄平が、照れくさそうに頭をかきながらあたしに言った。
ぷぷ、なんか鉄平カワイイ。
「なに笑ってんだよ」
「別にー。ただ、なんか鉄平が素直でカワイイと思って」
「うるせっ」
鉄平ってば顔赤い。
おっかしい。
なんかすごく嬉しい、楽しい。
「ねぇ、覚えてる?鉄平が掃除の最中にモップを振り回して遊んでて、廊下を掃いてたあたしの足に引っ掛けてすっ転ばせてスカートめくれてパンツ丸出しにさせたことっ」
あたしは若干じと目気味で、鉄平の顔を覗き込みながら聞いた。
「あ……あ、あれはっ。たまたまだよっ」
「ほほう、ちゃんと覚えてたんだ。それでもって。たまたまねぇー」
じとーっと、更に鉄平の顔を覗き込むあたし。
「……だからっ。わざとじゃねーってあの時も言っただろっ。でもまぁ……わ、悪かったよ」
恥ずかしそうに、でもちょっと怒ったようにそっぽを向いてる鉄平。
でも、ちょっと反省してる様子で、決まり悪そうな顔して頭をかしかしかいている。
わかってるよ、鉄平。
なんだか鉄平がカワイくって、おかしくって。
あたしは必死で笑いを堪えていたんだ。
そんなあたしに、鉄平はぶっきらぼうな言い方でこう切り出し。
「それと……。あの時オレが言ったこと。その……ブスとかなんとか……。あれ、ウソだからなっ」
「え?」
『だっれが、あんなブスッ』
『頼まれたって、こっちから願い下げだぜ』
ーーーーーーーーーーーーーーー
ふ。
なんだかずいぶん前のことみたい。
あの時あたし、悔しくてショックで涙が止まらなかったっけ。
「ーーーーーあたしも、あの時。鉄平なんていなくなればいいって、心の中で何回も叫んでた」
あたしが言うと。
「ひっでーな、おまえ」
「あたしだってウソ。まぁ、ちょっとは本気も混じってたけど?だからおあいこ!しょうがないから、全部許してあげるっ」
「おい、ちょっと本気も混じってたって言ったぞっ」
「うるさいなー。とにかく!許してあげるっ」
あたしは笑顔で言った。
これが言える日を……。
ちゃんと仲直りできる日を……。
ずっとずっと、待ってたんだよ。
鉄平ーーーーーーー。
嬉しくて、なんだかあたしの胸はいっぱいだった。
「しゃーねーな。ま、そういうことでよしとしてやっか」
「なーによそれ。そのセリフを言うなら、鉄平じゃなくてあたしでしょ」
「なんだよ、うるせーなぁー。ピーピー」
「ピーピーってなによ!ピーピーって」
そんなこんなで。
鉄平とあたしは、またいつもの調子でふざけ合って笑っていた。
心地いい。
ホントに楽しくて、ずっとこんな風な関係でいたいな……って。
あたしは心から思っていた。
「奈々。あのさ……」
笑い過ぎて涙目になっているあたしに、鉄平が声をかけてきた。
「え?なに?」
「ーーーーずっと前に、病室でオレが奈々に言ったこと……」
「え……?」
「おまえのこと、好きだって……ーーーー」
あ……。
ドキン。
思い出して顔が赤くなる。
なんとなく気まずい雰囲気。
あたし……言わなきゃダメだよね。
琉島先輩のことーーーーーー。
この機会にちゃんと言わなきゃ。
「あ……あのさ……」
「オレ………」
2人の声が同時に重なった、その時。
「佐河っ」
え?
ちょうど歩道橋にさしかかる手前で立ち止まっていたあたし達の後ろで、聞き覚えのある声。
振り返るあたし。
「先輩ーーーーー」
そこには、笑顔の琉島先輩が立っていたんだ。
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