5
トゥルルルーーーーーー。
あ、電話だ。
でも、お姉ちゃんがいるから出てくれるだろう。
ガチャ。
「奈々っ。電話っ」
「あたし……?」
あたしはのっそりベッドから起き上がった。
「なにアンタ。学校から帰ってきてから部屋にこもりっぱなしだと思ったら、制服のまま寝てたわけ?」
「…………」
「電話が終わったら、夕食の支度手伝ってよ?今日はお母さん帰り遅いんだから。それから服っ。早く着替えな」
コードレスをあたしに手渡して、お姉ちゃんは部屋を出ていった。
ちぇ。
ちょっと年上だからって、まるでお母さんみたいな言い方。
お姉ちゃんは、今20歳。
妹のあたしから見ても、けっこう美人。
ちょっと口うるさいけど、面倒見のいい頼りになるお姉ちゃんってカンジかも。
「もしもし」
通話ボタンを押すと、いつもの聞き慣れた声が流れてきた。
『やっほー。あたしだよん』
「あ、ちとせ……」
そうだ、あたしちとせを置いてひとりで帰ってきちゃったんだよね。
しかも、ベッドに寝転んでボーッとしてたら、いつの間にかちょっと寝ちゃって。
「ごめん、ちとせ。あたし、ひとりで帰っちゃって……」
さっきは自分でもわかんないんだけど、カーッとなっちゃって……。
『いいよ。だけど、ケータイくらい出なさいよねー。心配したよ』
「え?ケータイ?」
あたしは、慌ててカバンの中を探った。
「あ、電池切れてた。ごめん」
『だと思った』
ちとせの笑い声を聞いて、ちょっと心が和む。
『で、もう大丈夫なの?落ち着いた?』
「……うん。大丈夫」
ああ、やっぱちとせと話すと落ち着くよ。
中1からのつき合いなんだ、ちとせとは。
席が近かったのをきっかけに、ちょこちょこ話すようになって。
最初からなんとなく気が合ったあたし達は、よく一緒にいるようになって、それ以来の親友。
あたしより10センチほど背の高いちとせは、スタイルもよくて顔もキレイで、なんかカッコイイんだよね。
ちょっとウェーブがかった肩くらいまでのワンレンもバシッと決まってて、いつもラフなポニーテールでスッキリまとめてる。
それがまた、なんかオシャレなパリジェンヌみたいでよく似合うんだ。
そんなちとせと仲良くしているあたしはというと、いろんな面でちとせは対照的かも。
背も低めだし、髪もストレートで長いし、どちらかというと童顔でカッコイイとかキレイとかっていう言葉とは無縁なタイプだしね。
だから、女のあたしから見ても、ちとせの容姿には憧れを感じちゃう。
性格もサバサバしてて裏表なくて、友達思いのとってもいいヤツなんだ。
『鉄平の言うことなんて気にしちゃダメだよ。口が悪いのは昔っからじゃん。奈々だって、鉄平が本気で言ってないことくらいよくわかってるでしょ』
「別に気にしてなんかないもん。ただムカついて悔しいだけっ。琉島先輩の前であんなことされたあげく、人のことブスだのなんだのっ。もう顔も見たくないっ」
『まぁ、奈々の気持ちもわかるけど。鉄平も、きっと反省してると思うよ。それに、奈々のことをあんな風に言うのだって、愛情の裏返しみたいなさ」
愛情の裏返しぃ⁉︎
「なにそれっ。気持ち悪っ。そんなことあるわけないじゃん」
『鉄平ってそういうとこあるじゃん。ほら、なんかわざと憎まれ口叩いちゃうっていうか。素直になれないっていうか』
「アイツが素直だったら気持ち悪いけど」
『でしょ?だからそういう不器用なヤツなんだって。ホントはそんなこと思ってないのに、ついついああいう風なこと言っちゃうんだよ。特に、奈々のことに関しては』
「なんであたしのことに関しては?」
『だーから。鉄平にとって、奈々は幼なじみっていう他の人とは違うちょっと特別な存在なのよ。小さい頃からずっと一緒で、気心が知れて仲がいいからこそ、奈々には憎まれ口でもなんでも言えちゃうのよ』
ふん。
「別に仲良くないもん」
『まぁまぁ。とにかく、鉄平のこと大目に見てやんなよ。たぶん明日……は土曜で休みか。月曜日、学校行ったらどうせまた奈々のご機嫌とりにちょっかいかけてくるんだから』
ちとせが、電話越しでケラケラ笑ってる。
「……わかった」
アイツの顔は見たくないし、教室でも絶対口なんてきかないけど、鉄平なんかのせいでいつまでもイライラしてるのもしゃくだし。
ご飯でもいっぱい食べて、とりあえず忘れよう。
でも、月曜の朝は時間ずらしてアイツと顔合わせないように学校に行ってやる。
『あ……』
受話器の向こうから、かすかにちとせの家のチャイムの音が聞こえた。
『ごめん、誰か来たみたい。今あたしひとりだからちょっと出るね。あ、夜ご飯。ちゃんといっぱい食べるんだよ!』
「うん、わかった。ちとせ、ありがとね」
ピ。
電話を切る。
ちとせと話したら、なんかちょっと気持ちがスッキリしたよ。
別に鉄平のこと許したわけじゃないけど。
あたしは制服を脱いでいつもの部屋着に着替え、コードレスを持ってリビングに向かった。
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