26

「ーーーーーまぁ、いずれはこういうことになるんじゃないかと思ってたけど。まさか、こんなに早くいきなり告白してくるとは、さっすが鉄平だわ」



ロビーのイスに座りながら、ちとせが言った。


「あたしは知ってたよ。鉄平が奈々のこと好きなの」


ボワッ。


一気に顔に火がつく。


「そ、そ、そんなことっ……」


「こういう状況だから、鉄平から告白されるなんて考えもしなかったんでしょ」


ニヤッと覗き込むちとせ。


「………うん」


ホントにこんなことになるなんて。


考えもしなかったよ………。


「まぁさ、結局は。記憶があろうがなかろうが、どんな状況だろうがなんだろうが。恋に落ちる時は落ちるのよ。誰かを好きになる気持ちは、誰にも止められないってことよ」


「……そう……なのかな……」


「そうよ。それなのに、奈々ってばホント鈍いんだもん。あたしはあのケンカの時ですーぐわかったけどなー。それ以前から鉄平のヤツ、奈々には特別気を許してるってカンジだったし。とにかく一緒にいて楽しそうで嬉しそうだったからね」


「それは……」


「ほら、あたし言ったじゃん。鉄平は奈々と琉島先輩が仲良くしてたのがおもしろくなくてヤキモチやいたって」


「………………」


あたしは、なにも言えずにうつむいていた。


胸の鼓動がまだ響いている。


その音を感じながら。


必死に気持ちを整理しようとしても、あたしの中でいろいろな線がぐしゃぐしゃにこんがらがっていた。


「で。奈々はどうなの?」


「え?ど、どうって?」


「奈々の気持ち。琉島先輩のこともあるしさ」


ドキン。


「それは……。もちろん好きだよ、琉島先輩のこと。でも……」


でもーーーーーー。


「でも、鉄平のことも気になる、でしょ?」


ちとせがあたしの方を見た。


「……わかんない。よく……」


それに。


「それに……今の鉄平は、確かに鉄平だけど、ホントの鉄平じゃないんだよね……」


記憶のない鉄平ーーーーーー。




「おーっす」


病院の入り口の方から、てつやが軽く手を上げて元気よく歩いてきた。


「奈々、とにかく今日はもう帰ってゆっくり休みなよ。それで、ゆっくり考えてみなよ」


ちとせが優しく肩をなでてくれた。


「うん……。ちとせ、ありがとう」


「あっれ?佐河帰っちゃうの?」


「うん、ごめんね。じゃ……」


あたしは2人に見送られて病院を出た。




ほんのり薄暗くなってきた空から、サラサラと雪が降っている。


そろそろ根雪かな……。


ぼんやりする頭でそんなことを考えながら歩き出した時。


あたしは、誰かに呼び止められたんだ。


まさか……この声。


おそるおそる振り向いてみる。


「先輩……」


その優しい声の主は、やっぱり琉島先輩だった。



「どうしたんですか?」


慌てて駆け寄ると、先輩がいつものようにサラッと髪をかき上げてちょっと苦笑した。


「この前とおんなじ」


「え?」


「オレがここで佐河待ってた時。あの時も佐河、今みたいにお化けにでも会ったような驚いた顔して駆け寄ってきた」


「え?お、お化けだなんてっ。そんなっ……」


とんでもない!


「ごめんな。また驚かしちゃって」


先輩はそう言うと、自分のマフラーをすっと取ってあたしの首に巻いてくれた。


「え……あ、あの……先輩、あたし大丈夫ですっ」


マフラーをしてないあたしをサラッと気遣ってくれる先輩。


「雪降ってきたから」


優しい咲顔。


「……ありがとうございます」


嬉しい……。


そっとマフラーに触れていると。


「佐河。ちょっと話したいことがあるんだ。一緒に帰ってもいいか?」


え……。


ドキン。


「……は、はい」


あたしは小さくうなずいた。


このマフラー……先輩の匂いがする。


あったかくて、優しい香り。


「佐河はオレと帰る時、いつも悲しそうな顔してるな」


「え?」


ゆっくり歩きながら、先輩が静かに隣のあたしを見た。


「そ、そんな……」


「なんかあったのか?」


先輩が優しい瞳であたしを見つめている。


とても優しい瞳でーーーーーー。


そんな優しい空気に包まれていたら。


ポロ……。


なぜだかわからないけど、あたしの目から涙が落ちていたんだ。


それは、あとからあとからこぼれてきて。


止めようとしても、止まらなかったの。


自分でもどうしてわかんないけど。


なんだか無性に悲しくて切なくて……。


涙が止まらなかったんだ。



「佐河……」


バカバカ、泣きやまなきゃ。


こんな風にいきなり泣いたりして、先輩困ってるじゃん。


そう思って必死で涙を止めようとしているのに、どんどん涙が溢れてくる。


「す、すみません。あたし、変なんです……。なんかもう、どうしたらいいのかわからなくなっちゃって。なんか、いっぱいいっぱいかもしれなくて……。涙が勝手に出てきちゃって。止まらなくって……。や、やっぱり今日はひとりで帰ります」


泣きながら、やっとこ言葉にして。


あたしは、先輩に軽く頭を下げて駆け出したの。


だけど。


「佐河!」


ぐいっ。


強く腕をつかまれて引き寄せられて。


あたしはすっぽり先輩の腕の中に入っていたんだ。


え……ーーーーーー。


抱きしめるように、先輩の腕がしっかりとあたしの体を包んでいた。


「先……輩……?」


あまりの不意の出来事に、あたしの涙もピタッと止まってしまった。


頭の中が真っ白。



「ほうっておけないよ。ひとりにしておけない」


先輩の声。


「佐河、オレとつき合ってくれないか。今日はそれを言おうと思って待ってたんだ」


え……?


先輩が、あたしの体を静かに離した。


そして、真っ直ぐな瞳であたしに言ったの。



「ずっと、好きだった」



これは……夢なのーーーーーー?



「返事は今でなくていい。待ってるから」


そっとあたしから離れて、先輩が雪の中に静かに消えていった。


「ーーーーーーーー」


雪も、あたしの頭の中も真っ白で。


なにも聞こえない。


なにも目に入らない。


あたしは、黙ったまま。


ただ呆然と、その場に立ち尽くしていた。



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