9

ピチチチ……。



朝か……ーーーーーー。


あたしは、ほとんど眠れぬまま目覚まし時計をつかんだ。


5時40分。


少しボーッとする頭のままカーテンを開いた。



昨日は3人で遅くまで病院に残ってたんだけど、今日のところは会うこともできないし、どうすることもできないからって……看護師さんがあたし達を家に帰したんだ。


家に着いた時は、深夜1時を回っていた。



鉄平、大丈夫だよね。


あたしは手早く着替えると、リビングに書き置きを残して家を飛び出した。


10月の朝は寒い。


ほんのり薄紫色の朝の中、あたしは病院に向かって走った。



ーーー『今夜が山場だと思うの。手術は成功したけれど、ハッキリとした結果が見えない場合もあるのよ。でも、私達も鉄平くんが元気になることを祈っているわ。あとは、鉄平くん自身の力を信じるしかないわね』ーーー



昨日の看護師さんの言葉を思い出す。


鉄平、がんばれっ……!


今にも泣きそうな気持ちを抑えながら、あたしは病院への道のりを急いだ。


病院に着いたあたしは、昨日のナースステーションに駆け込んだ。


「すみません!あ、あのっ……鉄平はっ……。利久原鉄平はっ」


バクバクいっている心臓をぎゅっとおさえる。


「あら、昨日の」


なにか書き物をしていた看護師さんが立ち上がった。


昨日の看護師さんだ。


「おはよう。大丈夫よ、峠は越えたわ。鉄平くんの命、助かった」


あたしに優しく笑いかけてきた。



え……ーーーーーーー。



「……ホント?」


「ええ。ただ、2、3日は眠ったままで、まだ意識は戻らないと思うけど。容体ももう安定しているから心配ないわ」


……鉄平、助かったんだ………。


助かったんだ……。



よかった……ーーーーーーー。



力が抜けて。


声にならなくて。


涙が止まらなくて。


あたしは、その場にしゃがみ込んでしまった。


鉄平、よかったね……がんばったね。


その時、あたしは心底思ったんだ。


命ってすごいなって。


生きてる……って、なんて嬉しくて素晴らしいことなんだろうってーーーーーー


それから7時頃、ちとせとてつやと、そして担任の森川もりかわもやって来た。





「ホントよかったよぉ……」


「オレ……鉄平死んじまったらどうしようって。そればっかり考えちまって……。マジで怖かった………」


ちとせもてつやも心底ホッとした様子で、涙まじりの笑顔を浮かべた。


「鉄平のおじさんとおばさんも、ホントに安心しただろうね……」


「うん……」


さっき、ずっと鉄平に付き添っていたおじさんとおばさんが、涙で目を真っ赤にしながら、あたし達のところに来てくれたんだ。


あたしとおばさん、2人で抱き合って大泣きしちゃったよ。


「意識が戻るのに2、3日かかるって言ってたけど……。ホントによかった」


「2、3日くらいどってことねーぜ。命が助かっただけでもありがてーよ」


そうだよね。


意識が戻るのに少し時間がかかってもいいよね。


助かったんだから。


それだけで、ホントに嬉しい。


鉄平が目を覚ました時は、ちゃんとみんなでそばにいるからね。




「おまえら」


低い声が聞こえた。


「あ、先生」


お医者さんや鉄平のおじさんおばさんに話を聞きに行ってたあたし達の担任、通称〝森ハゲ〟が戻ってききた。


あだ名のとおり、しっかりハゲてるおやじ先生。


「昨日、夕方から出張でちょっと出かけててな。知らせを聞いてすぐ行ってやりたかったんだが、そうもいかなくてな……。今朝いちばんの電車で戻ってきたんだ。利久原のヤツ、心細いだろうなと思っていたんだが、おまえらがいてくれたって聞いてホッとしたよ」


ふーっとため息をついている。


「でも……。昨日はなにもしてあげられなくて。会うこともできなかったし……」


「いいや。そういうものはな、心なんだよ。気持ちの問題だ。例え会えなくても、利久原の意識がなくても、どこかできっと通じてるもんなんだよ」


森ハゲ……。


「だから、利久原もがんばれたんじゃないか。おまえらの利久原を想う気持ちが届いたから」


「先生……」


いつもはただのハゲおやじにしか見えないんだけど……今の森ハゲは、なんかうまく言えないけど、とても優しいステキな人、ステキな先生に思えた。


「これから利久原に会うのか?」


「はい。今、看護師さんが鉄平の手当てをしてるみたいで。鉄平のおばさんもお医者さんと話があるみたいだから、そのあとに……」


「そうか。ゆっくり会ってこい」


「はい……」



森ハゲを見送ったあと、あたし達は鉄平のいるICUに向かったの。


もうすぐ鉄平と会えるんだ。


鉄平……。


ちょうどその時、中から鉄平のおばさんが出てきたんだ。


「奈々ちゃん……」


あたしを見てほほ笑んだおばさんは、さすがに疲れ切った様子で少しふらついていた。


一睡もしてないんだろうな。


「おばさん、大丈夫?少し寝た方がいいですよ」


「ありがとう。ごめんなさいね……心配かけちゃって。でも、なんとか無事に助かってホントによかったわ………」


おばさんの目が、また涙でいっぱいになった。


それを見て、あたし達もまた泣いてしまった。


辛かったよね……すごく。


鉄平も、おばさんも………。


「会ってあげてくれる……?まだ眠ったままで意識はないけど。きっと鉄平も喜ぶわ」



そして。


緑の着衣とマスクをつけて、あたし達はやっと鉄平に会うことができたんだ。



「鉄平……」


変わり果てた痛々しい鉄平の姿に、あたしは胸がつぶれそうになった。



鉄平ーーーーーーーー……。



点滴、包帯、たくさんの管と繋がってる機械と共に、ベッドに横たわっている鉄平。


スーハースーハー……。


緑の酸素マスク。



「鉄平……」


眠り続ける鉄平に、あたしはそっと呼びかけた。


知らぬ間に涙がこぼれる。


早く、早く元気になってよ。


いっつもうるさい鉄平だけど。


やっぱ……寂しいよーーーーーーーー。


だけど、だけど。


生きてて、ホントによかったぁ……ーーー。



涙が、あとからあとから溢れてくる。


鉄平の笑顔に会いたい。


「……がんばれよ。鉄平……」


震える声で、あたしはアイツにエールを送った。


「佐河……」


てつやが優しく肩を叩いてくれた。



鉄平の意識が戻ったら、明るく声をかけるんだ。


琉島先輩の前であんな恥ずかしい思いをさせたことも、あたしのことをブスだの願い下げだの言ったことも。


すっごいムカついたけど、今回は許してあげる。



あたしは、点滴の針がさしてある傷だらけの鉄平の手をそっと包み込んだ。


その時、意識のない鉄平の手が、かすかに動いたような気がしたーーーーーー。




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